先輩たちが夢を叶える姿を見て、自分もプロに
夢は決して自分だけのものではない。周りの人々の夢でもある。
今年、連盟から提出されたプロ志望届は高校生139人・大学生177名(準硬式5人を含む)。ドラフト会議の結果、社会人野球と独立リーグ出身者を含め、支配下72人、育成50人、計122人の選手が指名を受けた。社会人には、今年3球団競合で1位指名を受けた度会隆輝のように、過去に指名から漏れて再チャレンジする選手もザラだ。中には3度目、4度目と指名を待ち続け、ようやくチャンスを掴むオールドルーキーもいる。
もちろん、いつ戦力外になるか分からないプロの世界へのスタートは始まったばかり。だが、その夢は、彼らを一番身近なところで支える家族やコーチ、チームメイトにとどまらない。チームや母校の後輩、同郷の野球少年、彼らが入団する球団のファン、あるいは全く違う職業であれ、似たような境遇で挑戦を続ける人々の夢として、見えないところでつながっている。
先月、侍ジャパンの新監督に就任した井端弘和も、先輩たちの背中を見てプロ野球界へ飛び込んだ一人だ。1997年、ドラフト5位で中日ドラゴンズに入団した井端は、プロへの夢を抱いた当時をこう振り返る。
「プロになりたいと本気で思うようになったのは大学時代ですよね。同じリーグでやっていた先輩方が指名を受けてプロ入りするのを見て、自分もなれるかもしれないと」
堀越高校では2年時に春のセンバツへ、3年の夏にも甲子園へ出場した井端だったが、当時は、星稜高校のスラッガー松井秀喜の存在を目の当たりにし「ああ、こういう人がプロになるのか」と、感嘆するだけだったという。だが、亜細亜大学に進学して野球を続けた井端は、東洋大学の遊撃手として活躍した今岡誠(阪神タイガース・ドラフト1位)、青山学院大学時代に東都史上唯一となる三冠王に輝いた井口資仁(ダイエーホークス・ドラフト1位)ら、東都リーグで対戦し目標としてきた内野手が夢を叶える姿を見て、プロへの憧れを強く抱くようになる。
「とは言っても、自分の場合、ドラフトにかかるか、かからないか、50:50くらいの選手だったと思うんですよ。自分でも『ないだろうな』と思っていたし、ダメだったら社会人野球に進むことは決まっていた。だから緊張感もなかったですが、指名があった時は『おおっ!』という感じで。ただ、自分の場合、憧れだけでプロに入ってしまった、というのはありましたよね」
昔より今の若い選手の方が自信を持ってプロ入りしている
井端の言う「憧れだけで」とは、プロ入団後にどうやって1軍を目指していくか、そのイメージが描けていなかったという意味だ。チームでの全体練習が多く、悪く言えば「練習をやらされている」感の強い高校や大学の野球部に対して、プロ野球は自分で目標を立て練習を組み立てる世界。「当時は、プロ入りしたはいいけど、そこから先、何をどうしていけばいいか分からない新人が多かったんじゃないか」と井端は言う。
「今岡さんや井口さんのような大学のトップ選手、この人たちなら間違いなく活躍するだろうと思っていた選手でさえ、1年目からすぐ通用するわけではなかった。それを考えると急に不安になりましたよね」
プロ入り後、すぐに打てる選手もいるが、プロの環境に徐々に慣れ、結果を出せるようになる選手も多い。「そこは個人差のあるところだと思う」と井端は言う。「とりあえず、やってみるしかない」。そう思った井端は、入団後、丸2年間をファームで過ごすことになるが、1軍召集後は代走や送りバントでの代打、守備固めといった機会を得ながら星野仙一監督の期待に応え、入団4年目の2001年にレギュラー定着。振り返れば、過度に注目されないドラフト5位という順位も好都合だった。名古屋の地で徐々にポテンシャルを開花させた井端は、2002年にベストナインを受賞し、ドラゴンズ黄金期を牽引する存在となっていった。
「でも、今の若い選手を見ると、僕らのころに比べて臆することなくプロの世界に入ってきているな、という感じがしますよ」
そう井端は語る。その要因のひとつとして挙げられるのはコロナ禍による練習環境の変化だ。当時、全体練習の自粛を余儀なくされた高校・大学の野球部ではあったが、その反面、自主練で筋力を強化したり、球速アップに成功したりする選手が増えているという。
「そうした個人練習主体でやってきた選手は、プロの練習環境にも馴染みやすい。1年目、2年目でスッと1軍で活躍できる選手も増えるんじゃないかと思います」
苦節18年を経て、存在感を増す独立リーグ
また、今年のドラフトでは、“戦国東都”で凌ぎを削った有望投手が軒並み上位指名を受ける一方、独立リーグからの指名が過去最多となる23人に急増。とくに日本海リーグ・富山GRNサンダーバーズの大谷輝龍、四国アイランドリーグplus・徳島インディゴソックスの椎葉剛の2投手が、それぞれロッテ2位、阪神2位という上位指名を受けたことは、多くの野球ファンや関係者をどよめかせた。
石川県出身の大谷輝龍投手は、小松大谷高校時代147km/hの速球を武器に県大会8強まで進出するも全国区での実績は無し。プロを目指して社会人野球のJFE東日本へ入団したが、全く歯が立たなかった。ボール球は簡単に見極められ、制球を定めようとすれば打たれるという悪循環に陥った大谷は、本来のフォームを見失い、わずか2年で戦力外を通告された。
その後、高岡の伏木海陸運送を恩師に紹介された大谷は、一時期142km/hまで落ちていた球速を取り戻すも、制球難は克服できず。使いにくい投手として試合に出場できない日々が続き、さらに2年が過ぎてしまう。
社会人野球の場合、野球を辞めても会社の一般職に残って働くことはできる。だが、プロへの夢を捨てきれなかった大谷は、自身の可能性に賭けて独立リーグへ。この諦めない気持ちと決断が、一発逆転のドラフト2位指名につながった。サンダーバーズ入団後、瞬発系重視のトレーニングで体の使い方を習得した大谷は、コントロールを改善。かつて阪神の中継ぎ投手として活躍した西村憲コーチの指導のもと、入団半年で常時150km/h以上、MAX157km/hをマークするリリーバーへと急成長し、俄然スカウトの注目を集める存在となったのだ。
2004年の球団再編問題からスタートし、経営難をはじめとする幾多の厳しい現実を乗り越えながら存続してきた独立リーグだが、今やドラフトで実績のある富山や徳島に所属する独立リーガーは、ほぼ全員がNPBを目指して入団する選手。球団には野球に特化した科学的トレーニングの場も整備され、NPB出身の名伯楽が収入度外視で彼らの夢を後押ししている。アマチュアで伸び悩んでいた選手が独立リーグに入団後、短期間で“確変”することは決して珍しいことではない。
(つづく)/文・伊勢洋平
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- [第39回] 甲子園優勝投手 〜世代のトップとして闘い抜いた野球人生〜(前編)
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