Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第5回]
野球の未来、スポーツの未来を考える
時代とともに変わるもの、変えてはならないもの
(前編)
Posted 2020.01.10
©NTV

「アスリートファースト」のもと、転換期を迎えるスポーツ界

正月の風物詩、箱根駅伝2020は青山学院大学が大会記録を6分46秒も更新する歴史的な大会となった。区間新記録は10区間中7区。往路・復路計42人ものランナーが歴代ベスト10に入る好記録を連発した背景には、厚底シューズの影響はもちろん、10度未満で安定していた気温や弱風の恩恵もあるだろう。

ここ数年の駅伝競技は、疲労骨折や脱水症状による緊急搬送なども度々見られ、運営のあり方が問われてきたのも事実。転倒や棄権が相次いだ2018年10月のプリンセス駅伝を機に「走行不能になった競技者については、本人の意思に関わらず審判長・医師の判断で競技を中止することができる」というガイドラインも追加されるなど、アスリートの重篤事故を防ぐ施策が急がれてきた。そうした中、アクシデントがなく質の高いレースが展開されたことは、スポーツ界にとっても幸先の良い新年のスタートと言える。

だが、問題となるのはこれからの季節。昨年も、棄権率4割に達したドーハの女子マラソンを受けて東京五輪のマラソン会場が変更されたり、文部科学大臣が「甲子園の夏の大会は無理だと思う」と発言し物議を醸すなど、暑熱対策は未だ迷走したままだ。また、高校野球では投球過多の問題に対し、今年から球数制限も導入されたが、その実効性については賛否が分かれている。指導者のパワハラ問題は言わずもがな、近年は「アスリートファースト」を巡る議論が事欠かないが、球界において選手を守る施策はどうあるべきだろうか。

侍JAPANのコーチをつとめる井端弘和は「選手のケガを未然に防ぐ制度整備はプロ野球でも進んでいる」と語る。代表的なものは、2016年から導入された脳震盪に対する特例措置だ。通常、出場選手登録を抹消されると10日間再登録できないが、死球や守備交錯などで脳震盪の疑いが生じた場合、医師の診断と復帰プログラムを経て問題がなければ10日を待たずに再登録することができる。また、本塁でのラフプレーを避けるためのコリジョンルールや、2塁での併殺崩しを狙ったスライディングの禁止も現場の監督や選手会から提言され、2017年までに適用された。

「セカンドへのスライディングで足を負傷する選手は何人も見てきましたし、本塁のブロックに対するタックルなんて、持ってるボールを吹っ飛ばしに来るわけですからね。野球はそういう競技じゃないよなって思いますよ」
井端もまた、現役時代は危険なスライディングを紙一重で交わすシーンが度々あった。
「その後の生活に支障をきたすようなケガを防ぐのは当然だと思います」

「1週500球」の球数制限は、球児の未来を守れるか?

だが、プロの世界でそうしたルール改訂が進む一方、アマチュアには時代の変化の中で取り残された慣習や、裾野が広がったばかりに一筋縄ではいかなくなった問題もある。昨年「1週間で500球」と規定された高校野球の球数制限は、その最たるものだ。
「難しい問題ですが、まず僕が思ったのは『なぜ500球なのか』という問いに答えられる人がいるのだろうか、ということです」と井端は語る。

3連戦を回避する日程を組むとは言うものの、例えば180球連投ならセーフと考えていいものか。
「投手の肩や肘への負担は、どちらかと言えば連投の方が大きいんじゃないか。投げた翌日、体が張っていて思うように球が走らないとなれば腕で細工するしかなく、そこに無理が生じる。だから今のプロ野球では1週間に1度の先発ローテで調整するわけですが、それでもケガをする選手はいます」

もう一つ井端が指摘するのは、試合以前に行う練習での投げ込みだ。
「プロでも『キャンプで200球投げた』などと聞きますが、『試合で150球投げるには、200、300と投げて肩を作らないといけない』みたいな考えがあったと思うんですよ。大学でも練習でバンバン投げます。投手の肩肘の酷使というのは試合だけではないし、試合前の1週間ですでに500球投げている高校生もいるかもしれない。練習での球数も考えなければ意味がないように思います」

米国を例にとると、MLBが2014年に発表したガイドライン「ピッチスマート」では、医師の見解のもと年齢ごとに1日の球数上限や球数に応じた休養日を定めている。メジャーでは1試合100球が上限と言われるが、厳密には練習の球数も含めてチームごとに策定したり、監督の裁量で決められるケースが多い。「試合だけ一律の総量規制」という日本の高校野球の球数制限は、地方の公立高校に配慮した向きもあろうが、選手をオーバーユースから守るという本質的な問題にはリーチし切れていない。

「そもそも選手には個人差がありますし、選手と監督とで相談しながら制限していくのが現時点では理想だと思います」と井端は語る。
昨今では、投手のコンディションや練習での投球数を毎日記録し、故障予防策を打ち立てている高校や、積極的にチーム独自の球数制限を導入する高校も増えてきている。だが、納得できるガイドラインが策定されるには、依然、試行錯誤が続きそうだ。

(つづく)/文・伊勢洋平