Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第7回]
球春2020 〜それぞれのスタートライン〜(前編)
Posted 2020.02.07
©Hiroki Anvil

アスリートのシーズンは、体との対話から始まる

うららかな陽光がサンマリンスタジアムの天然芝をきらめかせ、バックネット裏から子どもたちの声援がこだまする。球春の到来を告げる春季キャンプが、いよいよ2月1日からスタートした。リーグ連覇、そして日本一のかかる2020年シーズン、ジャイアンツは一軍メンバーに期待の若手をそろえており、キャンプから開幕まで熾烈なレギュラー争いが展開される。

井端が視線を送るのはもちろん内野手。とくに二塁手の固定はジャイアンツにとって今シーズンのカギとなる大きな課題だ。昨季は吉川尚輝が腰痛悪化で離脱後、田中俊太(39試合)、若林晃弘(58試合)、山本泰寛(48試合)、増田大輝(21試合)といった1993年生まれの4人が切磋琢磨する形で二塁の守備を競い合ったが、定着には至らぬままシーズンを終えている。だが、シーズン中の復帰は叶わなかったものの、ポテンシャルの高さは抜群の吉川が苦難のリハビリを乗り越え、春季キャンプでは一軍に名を連ねた。11月〜12月中に十分なトレーニングができるほど腰の調子も回復し、キャンプでも頼もしい動きを見せている。

「最初のスタートで大切なことは、体との対話。冷静に自分の体を感じることができるかです」
そう井端は語る。
「キャンプインのときの体は、毎年、感じ方が違うもの。前の年はこのくらい動けていたけど、今年は動けていないとか、逆に去年より若返ったんじゃないかと思う年もあったりする。昨シーズンの課題などはオフの時に考えたり秋季に取り組むので、春季キャンプの最初は、1シーズン通して動けるだけの体力だったり、筋肉の柔軟性だったり、自分の体と対話しながら現状を確認することが大事。それによって練習内容も変わってきます」

「シーズン通して戦える体の強さがあれば、やはり正二塁手は吉川」とは、多くの関係者が目するところだ。とくに二遊間を組むキャプテン坂本は、8年ぶりの日本一奪還に加え、個人成績でも2000本安打や250本塁打といった記録のかかる勝負の年でもある。坂本との華麗な連係や1・2番に期待するファンも多いだろう。昨年、一昨年と故障でドン底を経験した逸材が、いま自身の体をどう感じ取り、どう開花させていくのか注目したい。

困難を克服し、コバルトブルーの磐城が甲子園へ再び

また、1月24日には、第92回選抜高校野球大会の出場校32校が決定した。明治神宮大会優勝の中京大中京、準優勝の健大高崎、夏春連覇のかかる履正社、春夏8回の優勝回数を誇る大阪桐蔭、中森俊介投手を擁する明石商業など、強豪校が順当に選出される一方、「21世紀枠」からも3校が選ばれた。中でも25年ぶりの甲子園となる福島県の磐城高校は、1971年の夏の大会で“小さな大投手”田村隆寿が3連続完封で決勝へ勝ち上がり、準優勝を果たした古豪。その選出は、今なお台風被害の爪痕の残る地元・いわきに勇気を与えている。

磐城高校は、昨秋、岩手県で行われた東北大会で初戦を突破したが、その翌日の10月11日、台風19号が福島県に上陸。いわき市内を流れる夏井川の氾濫により、地元は大きな被害を受けた。日程の順延で一旦戻っていた部員たちは、救助ヘリが飛び交う市内の浸水被害を目の当たりにするが「自分たちにできることは、野球で地元に元気を与えること」と決意し、再び岩手へ。14日の2回戦では、接戦の末、秋田1位の能代松陽に勝利し、8強入りを果たした。大会後は被災地の泥かきやゴミの運び出しを行うなどボランティアにも尽力した。

今年で20年目となる21世紀枠は、これまで59校が選出されたが、うち38校が初戦敗退。一方的なゲームもあることからファンの間では不要論も噴出する。だが、そもそも春のセンバツは、有識者による「選考」にこだわった大会として開催されたもので、地方予選からノックアウト方式の夏の大会とはコンセプトが異なる。

21世紀枠に関して言えば、2000年3月31日の有珠山噴火で避難生活を強いられながらも他校から用具やユニフォームの支援を受け、甲子園をめざした虻田高校の存在がその背景にある。虻田高校は地区大会2回戦で敗退したが、逆境を乗り越えて大会に挑んだ野球部のキャプテンが、その夏の始球式を行い、甲子園は温かいエールに包まれた。「少数部員、施設面のハンディ、自然災害など困難な環境の克服」といった選考基準はそうした経緯を汲んだもので、2002年には、部員が小遣いを捻出して虻川高校に用具を援助した鵡川高校も選出されている。

地方格差や私立・公立の格差、自然災害からの復興とスポーツは決して無関係ではない。東京五輪を通じてアスリートの社会貢献が広がっていくのも必然の流れだろう。高校テニスの「ドリーム枠」や高校ラグビーの「チャレンジ枠」も21世紀枠をモデルに導入されたものだ。野球界が勝敗以外の価値にも焦点を当ててきた21世紀枠は、先進的で誇るに値する取り組みではないだろうか。

(つづく)/文・伊勢洋平