Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第13回]
苦難の中高生に対して、大人たちができること(前編)
Posted 2020.05.19

中止への理解と、喪失感は別の問題

「覚悟してはいたけど、やっぱり悲しい」
「中止は勝ち負けよりも悔しい」
発表があるたびに、高校生たちが次々と肩を落とす。3月に高校野球「春の選抜」の中止が決定して以降、未だ出口の見えない新型コロナウイルスの感染拡大により、スポーツに打ち込んできた高校生たちの檜舞台がことごとく奪われている。

全国高体連は4月26日、臨時理事会を開催し、8月10日から開催予定だった今夏インターハイの中止を決定。高校生や部活動の現場からは「せめて県総体の開催を」といった声が相次いだが、GW明けには多くの都道府県の高体連が県総体の開催を取りやめ、中学校体育大会も中止となった。インターハイや県総体の中止はもちろん史上初のことだ。

約120万人の高校スポーツの頂点であるインターハイは33の競技種目を擁する。時期的にインターハイを3年間の集大成とする競技も多く、強豪校でなくとも県総体を目標に練習を積んできた3年生は大勢いる。家族に応援してもらい、後輩たちを鼓舞しながら日々の練習を乗り越えてきた3年生が、その集大成の舞台に立つことなく、気持ちの整理もつかぬまま、引退する。そのような終わり方は誰一人として考えていなかったはずだ。

もっとも現在の状況と開催日程を鑑みれば中止の決定はやむを得ない。全国高体連の岡田正治会長は「大きな悲しみがあることは痛いほど承知しているが、命を守ることを選んだ」とインターハイ中止の苦渋の決断を説明した。無観客で行うとしても移動や宿泊での感染リスクは避けられず、医療体制を整えることも難しい。そもそも休校要請が続いている最中、高校生は十分な練習もできていない。このまま引っ張るよりは早期の決断で気持ちを切り替えてもらうという考えも分かる。

だが、私たち大人の責任は、大会中止の理解を求めるだけで果たせたといえるのだろうか? この状況下での大会中止を理解できないような高校生はいない。誰もが「仕方ない」と言い聞かせているし、むしろ状況を飲み込んで受験を目標に舵を切る高校生だって多い。けれども頭で理解することと気持ちの問題は別だ。大人であればそれを分かった上でのサポートを考え、発信し、行動していく必要があるのではないか。

代わりとなる舞台は絶対に必要だ

春の選抜が中止になった時、高校球児たちの「気持ち」に真っ先に寄り添ったのは、かつて甲子園の大舞台を経験してきた先輩たちだった。野球解説者の江川卓氏はメディアを通してこう提言した。
「夏の大会に選抜出場校も参加して、一緒に試合ができないものだろうか。選抜が決まっていた選手たちには、あと一歩のところで夢を奪われた気持ちが強いはず」
何十年たっても仲間と昔話をするときに出るのは「甲子園の経験」だと江川氏は切実に語る。
「春夏合同開催や試合が無理ならば、練習だけでもいい。甲子園で20分でも30分でも練習し、土を持ち帰る」

横浜高校時代、甲子園で伝説の死闘やノーヒットノーランを演じた松坂大輔も同様に「僕も変わった。変えられた」と、甲子園での経験が特別なものだったことに言及した。
「今大会をなかったことにするのではなく、今年に限っては違う形でやってもいいのでは」

インターハイ中止を受けた他の競技でも、代替大会を検討する動きはある。 記録型競技である水泳では、高体連の水泳専門部が「高校総体の参加標準記録を満たしていた選手のために、都道府県ごとに競技会を開けないか」という代替案を47都道府県に呼びかけた。採点競技の飛び込みでは審判が遠隔地で採点するオンライン競技会案も示されている。

そうした競技会を実施することで、参加標準記録を満たす証明書が得られることも大きい。通常、スポーツ推薦での大学進学をめざす高校生は、春の大会やインターハイが勝負どころ。それらが中止のままとなっては、推薦や合格の判断基準が曖昧になり、納得のいく形で次へのステップを踏むことができなくなってしまう。秋にドラフト会議のある野球にしても、高校生が不利になるなど、あらゆる進路に影響が出る。

そうした中、注目されるのは5月20日に協議される夏の甲子園の開催可否だろう。感染者数は減りつつあるが、開催によって感染者が出ることは避けなくてはならない。同時期のインターハイが中止となった状況を鑑みれば、野球だけが開催に踏み切っていいのかという意見もある。だが、重要なのは、仮に中止になったとしても「やむを得ず」のまま片付けるのではなく、少しでも子供たちが前向きになれる舞台を提示できるかだ。

実際、都道府県の高野連の中からは、仮に甲子園が中止になった場合でも、感染収束を見計らって地方大会を実施するべきだという声が上がっている。夏の甲子園は、春の選抜と大会の運営が異なり、実は地方大会=甲子園の予選ではない。地方大会は都道府県高野連が主催する独立した大会であるため、運営上は必ずしも甲子園の開催可否に縛られないという。また、夏の甲子園が中止なら、通常、夏8強+4校が出場する秋の国体はどうなるのか。国体の出場枠を拡大し、選抜中止で涙を飲んだ高校に機会を与える施策も考えられるはずだ。

成長期の高校生に、スポーツ界はどんな経験を与えてあげることができるのか。こんな時期だからこそ、積極的なアイデアと実行力が問われている。

(つづく)/文・伊勢洋平