Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第14回]
苦難の中高生に対して、大人たちができること(後編)
Posted 2020.06.05

球音を絶やさぬ努力が、プロ野球から始まった

47都道府県で緊急事態宣言が解除されたことを受け、ついにプロ野球の開幕が決定した。3月15日に無観客オープン戦を終えて以降、3ヶ月、野球ロスでモヤモヤしていた日本中のファンにとって、これ以上の喜びはない。当面、無観客での開催とはいえ、テレビやラジオ、ネットを通じて生の球音を聞くことができ、試合結果に一喜一憂できる日々が戻ってくる。

もちろん新型コロナウイルスが収束したわけではなく、選手や関係者には、さまざまなシーンでリスクが伴う。医療の現場では休憩室で感染する事例が多かったように、プロ野球もロッカーや食堂、移動や宿泊施設など、フィールド外での対策や管理が重要になるだろう。NPBの代表者会議で取りまとめられている感染予防ガイドラインは、全80ページに及ぶ。7月開幕をめざして調整を続ける米メジャーリーグでは1週間に複数回のPCR検査や抗体検査を行う方針だが、NPBでもジャイアンツが選手・監督・コーチ・チームスタッフの約220名の希望者から採血を開始。抗体検査に着手した。JリーグでもPCR検査センターを設置し、全選手・関係者の検査を行う。そうした検査体制も、今後、スポーツイベントを安全に運営するカギとなるだろう。

例年と全く異質な環境下での調整に、コンディション面の不安も残る。
「とくに楽天は、県の休業要請で40日間、球場での練習ができていないので、他のチームと比べて明らかに状態が違います。ケガにつながらないよう注意したいですよね」。そう井端は語る。
「打ったり守ったりという技術的な部分は、これまで繰り返しやってきているので、すぐに戻せると思うんです。こうした時期は、気持ちは切れても体力を維持しておくことが大切です」

困難なシーズンであることは間違いないが、こうしたプロ野球界の対策や選手たちの努力は、アマチュアを含めた他のスポーツの再開にも大きな勇気を与えてくれる。経営学の大家ピーター・ドラッカー曰く「リスクの有無を行動の基盤としてはならない。なぜならリスクは行動に対する制約にすぎない」(※1)。この時期、さまざまな制約を抱えながらも、勇気を持って踏み切ったプロ野球界の決断には、まさしく「プロの矜持」が込められている。

子供たちの野球熱が冷めないことが、一番大事

一方で、春のセンバツやインターハイに続き、夏の甲子園は苦渋の決定が下された。学校教育の一環にある部活動の限界といえばそれまでだが、目標としていた舞台を失った高校生の無念は計り知れないものがある。
「自分が3年生の立場だったらと思うとショックで仕方ないですよね。今までの努力を表現できる場がなくなってしまったのだから」
堀越高校時代、夏の甲子園を経験している井端も落胆の色を隠せない。

「甲子園というのは、その先があるから白熱するわけで、こうした中止となると、この先、大学やプロに行って野球できるのかもわからない。とくに伸びる高校生は2年の秋から一冬越えてグンとレベルが上がるので、スカウト側も難しくなるでしょう。甲子園中止と聞いて、いま野球をやっている小学生や中学生にも『えっ』と不安になっている子はいると思うので、野球熱が冷めないようにすることが一番大事です」

夏の甲子園中止を受け、各都道府県は独自の運営委員会での大会開催を模索していることは、せめてもの救いだ。高野連も代替大会のための新型コロナウイルス感染対策のガイドラインを策定し、総額1億9000万円の資金援助を決定した。また、高体連でも都道府県ごとや競技ごと、可能な範囲でインターハイの代替大会を決定・検討する動きが出てきている。高校タイトルを決める大会が全て中止となった剣道では、強豪・九州学院の米田敏郎監督らが選抜大会に出場予定だった64校に独自大会を呼びかけるなど、熱意ある指導者の連携で道を拓こうとする競技もある。いま、大切なのは、まさにそうした大人たちの知恵と熱意だろう。

かつて「臆さないチーム作り」に徹し、春のセンバツで常葉学園菊川を優勝に導いた森下知幸監督は、好機でアウトになりガックリする選手たちに対し「しびれる場面でアウトになっても盛り上がれるチームじゃなきゃダメだ」と語ったという(※2)。ウイルス感染対策を施しながらの大会運営は、並大抵のことではない。だが、そうした試練に打ち克ち、絶望がワクワクに変わっていく体験ができたなら、それは子供たちにとって、ほかの世代には決して経験し得ない大きな糧になるはずだ。

「地方の独自大会もやるところとやらないところが出てきますし、いくつかの球団からはトライアウトの話も出ていますが、なるべく平等にチャンスが与えられるといいですよね」
ほかに、プロ野球が高校生にできることは何かあるだろうか? そうした問いに井端はこう提言する。
「あるとすれば、プロと高校生の交流試合や練習会じゃないでしょうか。僕らは野球選手ですから。もちろんシーズンの後にでもね。高校野球の交流自体は、何年も前からシンポジウムが開かれていて進んできているし、そのくらいのことでないと、プロが何かをしてあげたことにはならないんじゃないか。この困難を機に、プロアマ規定の垣根を一気に超えて、高校生との試合を開催してもいいのではないかと思います」

野球界は、これまでも幾多の困難を乗り越え、多くのファンを獲得してきた。もし、そうした夢の舞台が実現できれば、この困難もまた野球の未来へつながる一頁となるに違いない。東京五輪が延期となった2020年、スポーツの底力が問われている。

(了)/文・伊勢洋平

※1 『創造する経営者』P.F.ドラッカー/著(ダイヤモンド社)より
※2 『力を引き出す高校野球の名言』田尻賢誉/著(ベースボールマガジン社)より