Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第15回]
勝負師・井端弘和の語る、試合の流れを制すもの(前編)
Posted 2020.06.26

“新たな応援スタイル”は試合にどこまで影響するか

「新たな応援スタイルを確立した上で、お客さんを入れて開催させていただきたいと思っている」
専門家チームの助言のもと、NPBは7月10日から観客を動員する方針を発表した。政府の基本的対処方針では7月10日から入場できる観客は5000人。新型コロナウイルス感染の状況次第では、8月1日以降、収容50%までの入場が可能とされる。とはいえ、客席で従来のような応援ができるのはまだ先になりそうだ。阪神が2軍の試合に200人のファンを招待して観客動員のシミュレーションを行ったところでは、客席は隣と3席程度空けての配置。もちろんマスク着用は必須で、大声での応援は禁止されている。

無観客で始まった異例の今シーズン、そうした球場の雰囲気は試合の流れにどう影響するだろうか。5月16日より一足先に無観客で再開に踏み切ったドイツのサッカーリーグ「ブンデスリーガ」は、再開した26節・27節(計18試合)のホーム勝率がわずか16.7%まで低下した。逆にアウェーの勝率は55.5%に飛躍。中断前のホーム勝率は43.3%(アウェーは34.8%)だったことから、観客の声援は想像以上にゲームの流れや結果に影響していたことが窺える。
「観客の声援が試合に影響を及ぼすというのは、間違いなくあると思います」
井端弘和も自身の経験からそう振り返る。

「とくにアウェーでの試合の終盤、相手がピンチを切り抜けて攻撃に移るときなどは、拍手や大歓声で球場が盛り上がりますよね。甲子園でもマツダスタジアムでも横浜スタジアムでも、敵地であの歓声が湧くときというのは守っていて本当に『嫌だなぁ』と感じるものなんです。お客さんが与えるプラスαのプレッシャーですよね。チャンスで打席が回ってきたときも、選手は名前をコールされて、沸き起こる歓声とともに集中力を高めて打席に立っています。お客さんのおかげで自然と集中力をマックスに高められていたのが、しばらくは自分で気持ちを高めないといけない」

昨今のプロ野球でもホームの利は顕著に表れている。昨シーズンを見ても、最下位のヤクルト(28勝41敗)とオリックス(32勝34敗)を除く全チームがホームで5割以上の勝率。とくにDeNAは43勝28敗、勝率.606に達していた。だが、今年の開幕をホームで迎えたDeNAは広島に負け越し。開幕カードをホームで勝ち越したのは阪神に3連勝したジャイアンツのみで、ほかは広島、中日、ロッテ、楽天、日ハムと、いずれもビジターチームが勝ち越している。

観客の声援がどれほど試合の流れに影響するかを定量的に立証することは難しいが、声援が選手の士気やパフォーマンスを高めることは確かだ。 高校のハンドボール部を対象に活動計測デバイスを装着し、試合の前半を無観客、後半から観客を動員して声援を送りながら試合を行ったところ、後半の選手の走行距離は1.53kmから1.73kmに、ステップ数も1486歩から1809歩に格段にアップしたという(※)。心拍数も上がっており、歓声があることで運動量が向上し、多少疲れていても力を発揮できることが分かったのだ。

実際、広島の鈴木誠也や西武の山川穂高といった両リーグを代表するスラッガーもオープン戦の時点から「気持ちを上げていくのが難しい」と、無観客試合の違和感を吐露していたが、従来、歓声をアドレナリンに変えて力を発揮する選手は、球場の雰囲気に物足りなさを感じるだろう。
「逆に、気持ちの弱い選手が冷静に打てるようになることも十分ある」
と井端は語る。今シーズンは、経験の浅い選手や意外な選手が勝敗を決定付けるようなシーンも増えるかもしれない。

ワンプレーの重みを知る者は、試合の流れを渡さない

野球中継では「今のプレーで試合の流れが変わりますね」、「ここで流れを断ち切っておきたいですね」といった解説者の言葉をよく耳にする。シーソーが自軍に傾いたり相手に傾いたりするような「試合の流れ」。9回まで攻守を交代しながらゲームを進める野球において「流れ」を味方につけることは重要なファクターだ。高校野球では「魔物がいる」と喩えられるように、1つの四球やエラーから大逆転が起こることもしばしば。プロでさえ6回まで10-0で負けていたチームが、終盤の「流れを引き寄せる一打」から11点奪って逆転することがある。

その「流れ」の正体とは何だろうか。現代のセイバーメトリクスでは、勝利確率(WE: Win Expectancy)と勝利貢献度(WPA: Win Probability Added)によって「試合の流れ」をグラフで表すことができるが、それはおもに選手の勝負強さを分析するための指標であり、可視化できるのも試合後のことだ。試合中において「流れ」はグラウンドの選手やベンチが感じる取るほかない。

球界を代表する遊撃手として多様な局面を経験してきた井端は、そんな「試合の流れ」を次のように指摘する。
「試合の流れって非常に大事だと思うんですが、その流れが変わるというのは本当にワンプレーなんですよ。例えば1アウト1・3塁というピンチで打者をダブルプレーに仕留められれば、野手としては最高ですよね。観客の歓声も最高潮、ベンチに戻る足取りも軽快。終盤、負けていても『よし、逆転するぞ』という気持ちが自ずと沸いてきます。でも、そのダブルプレーでチェンジだという場面で併殺崩れになり1点入って1人残ったりすると、これは全然違う。次の打者にホームランを打たれるようなことも往往にしてあるわけです」

6-4-3や5-4-3で2塁への送球が慎重になりすぎたり、セカンドからファーストへの送球が逸れてセーフになったりするシーンはしばしば目にするが、試合の流れは、そうしたちょっとのプレーが引き金となって大きく変わるという。

「セ・リーグの場合は、打順もそうですよね。7番からの打順で点を取られる雰囲気はほとんどないわけですが、そこでランナーを出してしまって上位に回われば、急に失点のプレッシャーが出てきます。逆に取れるところをきっちりアウトにしておけば、流れを相手に渡すということはない。その『できたはずのワンプレー』というのが試合の流れに大きく影響するように思いますね」

(つづく)/文・伊勢洋平

※「インハイTV」(株式会社運動通信社)の測定・検証による。