Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第16回]
勝負師・井端弘和の語る、試合の流れを制すもの(後編)
Posted 2020.07.10
©YOMIURI GIANTS

「流れを引き寄せる」とは、どういうことか

「流れ」の怖さは、ワンプレーで相手が勢いづき、その雰囲気に飲まれてしまうことだ。だからこそ経験豊富なベテラン選手は、油断や凡ミスに厳しい。野球において得点が最も入りやすいのは、投手のエンジンのかからないうちに上位打線を迎える初回と、先発投手の疲労が表れる6回。2012年に巨人が日本ハムと頂点を争った日本シリーズ第2戦では、初回に2つの死球を与えてピンチを迎えた沢村拓一がセカンドへの牽制球のサインを見落とし、落ち着かない様子でプレート板を外した。すぐさまマウンドへ駆け寄りバシッと頭を叩いたのは阿部慎之助だった。

「あの場面でサインの見落としはあってはならない。1点を争う場面でやるべきことをやってなかった」
先輩の喝で冷静さを取り戻した沢村は、打席の稲葉をファーストゴロに仕留め、2回以降は攻めのピッチングで8回3安打無失点。「流れ」を渡さなかった巨人が1-0で試合を制した。

では、仮に試合の流れが相手にある場合、流れを自軍に引き寄せるために必要なことは何だろうか? その問いに井端は率直に答える。
「ないです(笑)。流れは相手が渡してくれれば来ますが、流れを引き寄せるプレーというのは、意図してできるものでもない。結果的に『あれが流れを変えた』というプレーはあるでしょうけど……そこは何とかして打つしかない」
とは言え、井端はこう続けた。
「どれが正解というのはないけれども、その場面で相手にとって嫌なことが何かをイメージしていくと、流れを変える糸口にはなると思います」

井端の現役時代、相手投手を最も苦しめたのは、狙いすましたような「右打ち」だった。仮にヒットにならなくとも、ファウルで粘ることができる右打ちは、不利なカウントからでも徐々に相手にプレシャーをかけることのできる大きな武器だったという。
「そうしたことも含めてですよね。そこからランナーが出て相手がちょっとでもバタバタしてくれれば流れはこっちに傾いてくる。選手によっては悪いなりにも四球を選んだり、初球でドカーンとホームランを打ってやろうという選手もいる。そこは選手の『選択』にかかってくる」

感性の優れた選手が「流れ」を制す

状況を見て、相手にとって嫌な選択ができる。そして流れをつかみ取っていく。それができる選手を、野村克也さんは自著の中で「感性が優れている選手」「目配り、気配りができる選手」と表現している。
「野球はピッチャーが一球投げるごとに展開が変わり状況が動く。そして、次の一球まで『間』がある。この間とは、状況を見極め、次に起こることを察知したり予測したりして、その対処を考えて備えるための時間なのだ。そこで瞬時に状況判断や予測をする力こそが、流れをつかむためにもっとも大切なことだ。それが、感性なのだ。(中略)同じものを見ていても、ちゃんと感じとれる人と感じ取れない人がいる。この差はとてつもなく大きい。一流選手と二流選手以下の差は、まずそこにある。言い換えれば、鈍感な人はけっして一流にはなれない」(※1)

もちろん、そうした「流れ」を感じることのできる一流選手であっても、打席で成功する確率は3割であり、守備でも状況を予測したシフトに打球が飛んで来るとは限らない。だからこそ「流れを引き寄せる」のは難しいことであり、それ以上に流れを相手に渡してはならない。サインを見落とす、ベースカバーを忘れるといった若手選手のミスに対し、一流のベテランが「やるべきことをやれ」と叱責するのは、長いキャリアの中で「流れ」の恐ろしさを幾度となく感じ取ってきたからだ。

また、野村さんはこうも記している。
「人間の感情と『流れ』は、密接なかかわりがある。人間は感情の生きものだ。どんな名選手でも感情の動きによってプレーが左右されてしまうことがある。どんなに強いチームでも感情の動きによって、チームの雰囲気がよくもなるし悪くもなる。そうした感情の動きが、試合の流れを変えてしまうことがあるのだ」

メジャーでも「別格の選手」と称される大谷翔平は、登板の際、必ずファウルラインとスリーフットラインをポンポンとまたいでマウンドに向かうという。
「それをしないと抑えられないとか、気持ちの小っちゃいところがあるんです」
大谷ほどの選手が、というよりも大谷ほどの選手だからこそ、コントロールできないことを自分に引き寄せるために、そうしたルーティンを守り続けている(※2)。心の動きは心で抑えようと思ってもなかなかできないものだ。だが、体を動かすことで心はついてくる。一流と呼ばれる選手がルーティンを大切にするのは、そうしたところにある。野球はそれほど不確定要素が多く、繊細なスポーツでもある。

今シーズンは、当面の間、ファンの声援が生み出すような「流れ」は生まれにくい。だが、だからこそ例年以上に「プロの感性」が、試合の流れを左右する。「流れ」を手繰り寄せるのは、果たしてどんなプレーだろうか。

(了)/文・伊勢洋平

※1 『ID野球の提唱者が明かす! 運の正体』野村克也/著(双葉社)より
※2 『大谷翔平 野球翔年 Ⅰ 日本編』石田雄太/著(文藝春秋)より