Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第21回]
84番目の指名(前編)
Posted 2020.10.30

最後の指名は、最速153キロ右腕

時計の針が夜7時をまわり、「選択終了」のアナウンスが次々とこだまする。7巡目ではジャイアンツとライオンズが指名を終了。唯一、8巡目を迎えたタイガースが最後に名前を呼んだのは、四国アイランドリーグ、高知ファイティングドッグスのエース・石井大智。74番目の指名だった。

例年なら12球団の関係者がホテルの宴会場で円卓を囲み、1,000人のファンたちと一喜一憂するドラフト会議だが、コロナ渦で開催された今年は異例ずくめ。新型コロナウイルス感染防止のため、各球団の監督や編成担当者らはそれぞれあてがわれた個室で会議を行い、モニターを見ながらの指名。どよめきも歓声もない会場で、下位指名ともなると粛々と名前がコールされていく。

だが、選手や親族、チームメイトや関係者らが胸を高鳴らせ、その吉報を最後まで待ちわびる光景は変わらない。石井の名前が呼ばれた瞬間、ファイティングドッグスの地元、高知県越地町の町民会館は歓喜と拍手に包まれ、別室で待機していた石井は、待ち疲れたかのような安堵の表情で監督と握手。今シーズン限りで引退する藤川球児も、ツイッターで喜びのエールを送った。
「心置きなく プロ野球の世界へ。僕ももう少し頑張って バトンタッチだね」
藤川はMLBテキサス・レンジャーズから帰国後、高知ファイティングドッグスでプレーし、タイガースに復帰している。石井とは入れ違いだが、自身と同じく高知から阪神入りする後輩にただならぬ縁を感じたようだ。

春夏の甲子園や大学選手権が中止となった今年度は、アマチュア選手の実戦の場が激減し、スカウト陣の眼力の問われるドラフトでもあった。
「今年は早大の早川隆久投手やトヨタ自動車の栗林良吏投手など、即戦力が揃っている印象ですし、合同練習会にもいい選手がたくさんいました。ただ、各球団のスカウトはじっくり選手を見ることが出来ていないので、とくに高校生の指名は判断が難しいんじゃないか。その代わり育成指名は増えるかもしれませんね」
合同練習会でノッカーを務めた井端弘和がそう語っていたように、1位で指名を受けた高校生は3人に留まり、1位・2位指名の24人中15人は大学生。育成指名は49人にのぼり、昨年の33人を大幅に上回った。

だが、終わってみれば、成長曲線が掴みにくいとされた高校生も30人が指名され、支配下指名の総数は昨年と同じく74人に到達。最後に指名された石井大智でさえ、高専から独立リーグという異色の経歴ながら、最速153キロのストレートと鋭いシンカーを持ち、NPBとの交流戦でも十分通用していた投手だ。ドラフトの目玉が上位指名のスター選手であることには違いないが、近年のドラフトは、下位指名の中にも彼らを追い越すかもしれない未知の逸材がひしめいている。

ハマの4番・キャプテンは84番目の指名

ドラフト下位指名から頭角を表し、リーグを代表する選手へ飛躍した代表格といえば、今シーズン、DeNAの4番・キャプテンを務めた佐野恵太だろう。10月25日の広島戦で右肩を脱臼し、残り試合わずかのところで無念の登録抹消となったが、巨人の岡本、阪神の大山ら、いずれもドラフト1位のスターが本塁打王を争う中、10月27日時点ではセ・リーグ首位打者。本塁打も20本に達し、MLBに移籍した筒香嘉智の穴を埋める活躍でチームを牽引した。今やチームの主軸として欠かせない存在となったプロ4年目の佐野だが、実は、2016年のドラフト会議で名前を呼ばれたのは9巡目。87人中84番目の指名だった。

「昨シーズンまでは、ほとんどが代打だったのが、今年いきなりレギュラーに抜擢されて、あれだけ打ててるわけですから。もともと打撃の素質はあったんだと思いますよ、佐野選手は」
そう井端は語る。

小学校1年で地元岡山の少年野球団に入団し、中学時代は倉敷ビガーズの投手兼三塁手として全国大会準優勝。名門・広島広陵では甲子園出場が叶わなかったものの、明治大学では2015年ドラ1で阪神に入団した髙山俊の練習相手をつとめ、さらに技術を研鑽した。倉敷ビガーズ〜広陵高校〜明治大学という経歴は、カープの野村祐輔に憧れ「その背中を追うように目指した進路だった」と佐野はドラフト直後の記者会見で語っている。

入団後、若くして代打の切り札に任命されたのは異色とも言えるが、佐野がドラフト9巡目に滑り込んだのも当時のGM・高田繁氏が、佐野の勝負強さを評価し、代打の可能性も見込んで指名に踏み切ったためだという。井端は佐野の活躍の要因を次のように分析する。
「やはり昨シーズンまで勝負強さが要求される代打で集中力を磨いた経験が、今の4番での活躍につながっていると思います。とにかく初球から甘い球は見逃さず、思いっきり振ってくるというのはピッチャーにとって脅威ですよね。佐野選手はノーストライクからの打率が高く、カウント0-0からの打率は5割にもなる。もともと低めを打つのは得意でしたが、インハイにも対応できるようになっていますし、7月のヤクルト戦で小川投手から12球粘ってホームランを打ったように、追い込まれた状況でも打てる打席が増えていけば、もっと打率は上がるでしょうね」

84番目の男が打率4割を狙う日も、そう遠くないのかもしれない。

(つづく)/文・伊勢洋平