Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第26回]
2021新春 〜今こそ求められるリーダーシップ〜(後編)
Posted 2021.01.22

あえてリーダーの役割を担わせた木内マジック

PL学園のキャプテン立浪和義が、片岡篤史、野村弘樹、宮本慎也といった、のちに球界のビッグネームとなる選手たちとともに甲子園春夏連覇を達成したのは1987年。その夏の決勝の相手として王者PLに追いすがったのは、エースの島田直也や1年生レギュラーとして活躍した仁志敏久らを擁する常総学院だ。創部わずか4年目で甲子園初出場を果たし、春は1回戦で敗退したものの、夏の甲子園では伊良部秀輝の尽誠学園や後藤孝志のいる中京といった名門校を次々と撃破し、あれよという間に決勝戦に進出した。

常総の知名度を瞬く間に全国区へ押し上げたのは、その采配の妙で「木内マジック」と呼ばれた故・木内幸男監督。取手二高と常総学院を率いて3度の甲子園優勝、2度の準優勝を果たした名将・木内監督もまた、優勝したチームに共通していた部分として、キャプテンの存在を挙げている。「キャプテンがしっかりしていなければ、監督は『こいつらと心中してやる』という気持ちになれない」。晩年の木内監督はそう語った。

桑田真澄と清原和博のKKコンビを擁するPL学園を「のびのび野球」で破った取手二高には、やんちゃで破天荒なキャプテン・吉田剛がいた。たった1度「県大会から優勝を狙っていた」という2003年夏の常総学院では、のちに母校で野球部部長を務めることとなる松林康徳を主将に指名し、見事優勝を果たした。タイプは違えど、木内監督が「監督がチームに2人いた」と振り返るほど、彼ら優勝チームのキャプテンには、主体性と自覚が備わっていた。

もっとも、その裏には必ず木内監督らしい洞察力や人心掌握術がある。取手二高時代、ケンカが絶えず停学も度々だった吉田を主将に指名したのも、あえて一番手に余る選手に「オレがやらなきゃ」と責任感を持たせるため。また、常総学院では、バットに当たりのない選手、不調の選手にこそリーダーの役割を命じたという。
「今日はお前らが声を出せ。チームリーダーになれ。ピッチャーを励ましてやれ」

人を励ませば、自分も励まされる

野球は、プロでも打線が湿って苦しむことがある。それが長引けば、守備にも影響が出たり、バントに失敗したりと、チーム全体が負のサイクルに陥りかねない。そんなとき、木内監督は当たっていない選手に「励まし役」を与えた。打席は必ずしも全部打てるわけじゃないから気にするな。打てなくても人を励ますことくらいはできる。できることをすることで、意識が変わる。何より「人を励ませば、自分も励まされる」のだ。2003年の夏、甲子園に来てから不調に苦しんでいた常総学院の選手たちは、そんな木内監督の言葉から徐々に当たりを取り戻し、決勝では東北高校のダルビッシュ有を相手に大胆な強打策で打ち勝ったのだった。

チームスポーツにおける「チームの力」というのは、諸刃の剣でもある。いい方向へ働けば、個々の力で劣っていても信じられないような流れを生んで勝利を呼び込むことができるし、一方、悪い方向へ働けば、いくら突出したエースがいても散々な大敗を喫することがある。状況を少しでも前向きに捉えて周囲を励ますことは、まさにその「力」をいい方向へ傾ける支点の役割を果たす。

2011年からラグビー日本代表を率いたエディー・ジョーンズもまた、ハードな練習に加えてメンタル面の改革を重視したことで知られる。一流選手の集まりならではのまとまりのなさや、練習でミスした仲間に対する非難。コーチからのアドバイスをダメ出しだと捉えてしまうマイナス思考。メンタルコーチとして登用され、南アフリカ戦勝利の影の功労者とも言われる荒木香織は、それらチームに散見された負の心理を絶ち、仲間を認めて励まし合い、マイナスを引きずらないメンタルへ、意識を変えるところからチームを一体化させていったという。

近年の少年野球や高校野球を見ると、木内幸男さんが監督を務めていた80年代〜2000年代とは比べ物にならないほど、子どもたち個々のスキルやパワーは上がっている。子どもたちは、誰よりも上手くなりたい、プロで活躍したいと技術を磨き、指導者も勝つことを優先したチーム作りを行う風潮にある。その一方で、かつて屋外遊びの王道であり、仲間の個性を知る場、リーダーシップを育む場であったはずの野球は、上手い下手で選別され、野球が好きなだけでは参加できないようなエリート競技になっているのかもしれない。

もちろん試合である以上、勝利が一番大事なことには違いないが、前述の坂本勇人のキャプテンとしての苦労や、高校時代の佐野泰雄の意識改革を見れば、野球というスポーツの本質は、勝利のためにチームが一つになる、その過程にある。コロナ渦でなかなかチーム全員が集まれず、指導者と子どもたちが接する機会も限られる昨今、練習の合理化はますます進みつつあるが、こうした時代だからこそ、社会を変えていけるようなリーダーを育てるチーム作りが必要なのではないだろうか。

昨年、2000本安打の偉大な記録を達成した坂本は、プロ15年目となる今年もキャプテンを続投することを表明。同時に、次期キャプテン候補として岡本和真の名を挙げた。ジャイアンツには、当然、日本一という至上命題があるが、昨年、ファンが最も落胆したのは、日本シリーズの敗戦というよりも、あの負け方にある。坂本、岡本らを中心に、今年はどんなチーム力を発揮して3度目の正直に挑むのか。
「やっぱり、野球ってスゴいな」
子どもたちに、そんな熱い気持ちを抱かせるシーズンを願わずにはいられない。長い歴史の中で幾多の苦境を乗り越え、夢を与えてきたことこそ、ジャイアンツが球界の盟主たる所以なのだから。

(了)/文・伊勢洋平

参考文献
『人を動かす 高校野球監督の名言』田尻賢誉/著(ベースボール・マガジン社)
茨城新聞インタビュー『木内マジックに迫る』(2015年)