Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第28回]
甲子園に魔曲の響きは帰ってくるか(後編)
Posted 2021.02.26

初戦から好カードの連続も、吹奏楽は見送りに

1月時点で、限定的な有観客かつ応援団の入場も認める方針でセンバツ開催をめざしていた日本高野連だったが、2月18日に行われた春のセンバツ臨時運営委員会は、アルプススタンドでのブラスバンドの応援を禁止することを決定した。高校の吹奏楽部やマーチング部は、定期演奏やコンクール出場の機会を奪われているだけに、またしても残念な決断だ。

93回目となる今回のセンバツでは、智辯和歌山の兄弟校で「ジョックロック」を演奏する奈良・智辯学園が大会4日目の3月22日に登場し、大阪桐蔭と対戦。大阪桐蔭は、強打者の打席のみに演奏される「You are スラッガー」で知られ、一昨年は「かっせー!パワプロ」を現ドラゴンズの根尾昴の応援歌に取り入れたことでも話題になった。もし演奏が認められていたなら、優勝候補同士の熱戦に加え、吹奏楽王国同士の応援合戦が実現したに違いない。「ファンファーレ」や「ワッショイ」を生んだブラバン伝統校・天理高校や、全国トップクラスの実績を持ち多彩な楽曲を披露する東海大相模、「スシ食いねェ!」で球場を盛り上げる鳥取城北の応援団も、コロナに負けずセンバツの舞台を演出してくれただろう。

高野連の事務局は、ブラスバンドの演奏禁止の理由を「楽器の演奏中はアルプス席でマスクを外すことになり、演奏中に飛沫が拡散する可能性があるため」と説明した。しかしながら、楽器の演奏によってどのくらいの飛沫が拡散するかは、すでに楽器メーカーがさまざまな実証実験を行っており、アルトサックスやトランペットの演奏中に飛沫が飛ぶことはほとんどない。フルートのタンギング時には少量の飛沫が時おり観測されたが、それもソーシャルディスタンスによって防げる程度のものだ(※)。トランペットの水抜き時にタオルを使用するなどの対策を行うことで、演奏管理は可能だっただろう。

新型コロナウイルスとの1年間の付き合いを経て、ネット上にも、比較的、冷静な意見が数多く投稿されている。
「一般の観客枠を少なくしてブラスバンドを入れることはできなかったのか」
「すでに感染対策をして校内での練習を再開している吹奏楽部もある。間隔を空けて演奏し、日頃の感染対策を徹底すれば可能なのでは?」

実際、昨年の交流試合はリモート応援を行う高校も多く、大阪桐蔭 vs 東海大相模の対戦では、大阪桐蔭は体育館で、東海大相模は階段状の屋内ホールで、それぞれ感染対策を行いながら演奏映像を配信した。また、9月に行われた東京六大学の秋季リーグでは、屋外であることや楽器演奏時は飛沫が放出されにくいことから、一般客の入らない外野席を応援団席として限定。飛沫の出る可能性のあるトロンボーンとの距離を十分確保したり、チアリーダーのマスク着用と無発声を徹底するなどのガイドラインを策定し、吹奏楽の応援合戦を実現させた。高校野球でもこうした経験に基づいた方針を出せなかったのか、疑問の残るところだ。

甲子園だからこそ起きる「ミラクル」がある

それでも救いは、有観客での開催を目指していることだろう。堀越高校時代に春夏の甲子園を経験した井端弘和も「規制がある中でも観客が入ることは高校生にとって本当に良いこと」と語る。
「僕らはよく『練習でできないことは試合でもできるわけがないんだから』と指導されたものですが、実際は甲子園だからできるということがある。これまでホームランを打ったことがなかった子が決勝ホームランを打つことだってあるわけで、そういうミラクルが起こるのが甲子園なんですよ。それは絶対、お客さんの存在やアルプスの応援が後押ししている」

昨年、プロ野球が無観客で開催されたとき、井端はつねづね観客の声援が選手のモチベーションに関わることを指摘していたが、自身の現役時代も応援歌の存在は大きかったという。
「自分の応援歌はすごく気に入っていました。ただ、前奏でトランペットが流れるんですが、その前奏のときに凡打するとスタンドのファンから溜息が聞こえるんです。それが嫌で、前奏が流れているときは極力打たないようにしていました。よほどのチャンスのときは別だけど、お客さんも歌いながら応援するのを楽しみにしていると聞いていたし、打てる球が来ても『打ちたいけど、まあいいか』と見送って、前奏が終わったら『さあ、打ちにいくぞ』という感じでした」

甲子園の舞台に立つ高校生にそこまでの余裕はないにせよ、それほどスタンドと選手との一体感は欠かせないものだ。昨年夏の交流試合では、控え部員や保護者、教員しかスタンドに入ることができず、異様な空気のまま初戦を迎えた。だが、接戦となった明徳義塾 vs 鳥取城北の第2試合、8回表に鳥取城北がチャンスを迎えると、スタンドの部員や保護者から徐々に手拍子が起こり始め、鳥取城北の選手たちはそれに呼応するかのように一挙4点の逆転劇を演じた。次は明徳義塾。負けじと起こる手拍子に後押しされ、その裏、明徳は2点を奪って1点差に詰め寄った。「手拍子だけでもグラウンドと一体になれた」とスタンドの関係者は語り、球児たちは「あの手拍子だけでも気持ちが乗った」と振り返った。スタンドで自然発生的に起こった手拍子での応援は、以降、この交流試合のスタンダードとなった。今年の応援がどのようなスタイルになるかは分からないが、有観客での開催となれば拍手や手拍子も一層大きなものになるだろう。

「春のセンバツが開催されるのは、本当に楽しみですよ。個人的に甲子園の試合はいつも朝から観ているし、それほど注目されていない選手もよくチェックしますね。『お、この選手、捌き方上手いな』とか、『この2年生、ここを改善できれば来年もっと面白いな』とか。その選手が次の年、どのくらい成長しているか見るのも楽しいし、大会後、どの大学に進学してどの球団に入るか……1人の選手がどう変化するかを見るのが楽しいんですよ。当時は無名でも、何か光るところがあってプロに上がってくる選手はたくさんいますから」
そうした井端ならではの、玄人目線の楽しみ方もある。

願わくは、甲子園に響き渡るブラスバンドの熱い応援が、夏には帰ってくることを。世の中に元気を与えるのは、つねに彼らのような若い世代であるべきだし、魔物のいない甲子園は、やはりどこか寂しい。

(了)/文・伊勢洋平

※ 株式会社ヤマハミュージックジャパンと新日本空調株式会社の「管楽器・教育楽器の飛沫可視化実験」による。