Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第31回]
心の野球 〜グラウンドの神様が微笑むとき〜(前編)
Posted 2021.04.30

メジャーリーガーが憧れる大谷翔平という存在

全米の野球関係者が大谷翔平の一挙手一投足に注目している。ア・リーグ新人王に輝いたメジャー1年目は、シーズン終了後、右肘にメスを入れ、翌2019年には左膝を手術。昨シーズンは693日ぶりのマウンド復帰も思うような投球ができず、投打ともに不本意な成績だった。だが、今シーズンはオープン戦から投打ともフルスロットル。開幕後の4月4日にはついに2番・投手として投打同時出場を果たし、最速162.7km/hのストレートを披露した。バッティングでも打球速度は192キロに達し(MLB史上5人目)、4月時点ですでに7本塁打を放つなど、二刀流の完全復活を印象付けている。

井端弘和も「凄いとしか言いようがない」と、今シーズンの大谷の活躍に驚嘆する。
「最初の登板の前日にもDHで出ると言って休養せずに打席に入るわけだから。そうなると、あのプホルスがDHで出られないわけでしょう。投げれば160km/hを超えるし、投げている日にホームランを打つし、投手なのに盗塁もする。打撃はどんどん進化している。名実ともに二刀流のスーパースターへの道を切り開いてるんだなと」

もし大谷が投手に専念していたら、あるいは打者に専念していたら、どれほどの記録が生まれるのか……そうした話題はMLB関係者の間でも尽きない。だが、やはり大谷がこれほど日米で注目され、メジャーリーガーたちから敬意を集めるのは二刀流という規格外のスタイルに挑戦しているからだ。

実はアメリカの大学野球では、ジョン・オルルド賞という二刀流で活躍した選手を称える表彰がある。かつて投手で15勝0敗、打率.464、23本塁打を記録したジョン・オルルドに因んで2010年に創設されたもので、アメリカでもアマチュアまでなら二刀流で活躍する選手はいる。とはいえ、メジャーリーグは1つの領域でさえレギュラーを勝ち取ることの難しい世界。ドラフトでプロ入りした選手は、日本と同じくマイナーを経て投打どちらかに専念することになる。

「誰もやったことのない壮大な挑戦」「私たちがリアルタイムで見ている大谷の活躍は、50年後、100年後に語り継がれる」と地元記者やテレビプロデューサーが言うように、大谷の示す可能性には、ベーブ・ルース以来、誰も見たことのない夢があるのだ。

「僕は日本の高校生でも二刀流を目指す選手が増えてほしいと思う」
そう井端は語る。
「メジャーでは大谷の影響を受けて、二刀流を目指す選手が出てきましたよね。昔は日本の高校野球でも4番で投手は珍しくなかった。僕が高校野球を見るとき、ピッチャーは何番を打つのか、打順を見てチェックするのはそこだから。いまは8番だったり、良くて6番だったりしますが、そこで4番がいたりすると、『このチームは彼のチームか、どんな選手なんだろう?』と期待が膨らみますよね。最近でも根尾がプロ入りするとき野手か投手か選択せざるを得なかったり、小学生の頃から『ピッチャーは投げるだけでいい』みたいな指導も見られますが、選択肢はいくつあってもいい」

メジャーリーグでは大谷のエンゼルス入団に伴い「Tow-Way Player」のベンチ枠がルール化され、実績のあるエンゼルスは、ウィリアム・イングリッシュをDH・投手で獲得。一軍昇格を果たしたジャレッド・ウォルシュらにも二刀流に挑戦させている。大谷の開いた扉は、世界の野球選手に大きな可能性を与えている。

ファンやメディアを虜にするスターが持つものとは

大谷翔平が、敵・味方関係なく、多くのメジャーリーガーに愛され、ファンやメディアを虜にする理由は、それだけはでない。今シーズンの序盤でも、左翼の守備についた大谷が、外野席のアストロズファンが落としてしまったサングラスを拾って投げ返す一幕が話題となったが、プレー以外の所作や人間性もまた、メジャーの舞台で脚光を浴びている。

例えば、グラウンドやベンチに落ちているゴミを拾ってゴミ箱へ捨てる。小石を見つけたら自分で取り除き、走塁後はベースにかかった砂を手で掃く。掃除や整備はグラウンドキーパーに任せる慣習のメジャーリーグでは、そうした行動を選手がとることは珍しいが、大谷にとって、それは花巻東高校時代から意図的に「目標達成シート」の中に組み込んでいたことでもある。高校1年のとき、大谷は8球団からドラ1指名されることを目標に、8つの達成したい項目を定めた。そのうちのひとつ「運」を得るために習慣づけたのが「ゴミ拾い」や「部屋掃除」、「あいさつ」「道具を大切に使う」「審判さんへの態度」「プラス思考」「応援される人間になる」「本を読む」という行動だった。

今でも大谷は、必ず審判や相手捕手に会釈をしてから打席に入り、打ち取られた際には、自分のバットを自ら拾い上げてからベンチに戻る。ネクストバッターズサークルでは、相手捕手が放り投げたマスクを拾って渡したりと、敵軍の気持ちまでほっこりさせるような心遣いを見せる。昨今では、三塁コーチが大谷と一緒にベース付近の凹凸を足でならすなど、大谷の善行は徐々にチーム内にも広まり、それを記者たちがツイッターでファンに知らせるという、ポジティブな連鎖がエンゼルスでは起きている。

「ゴミを拾うというような行為は、直接プレーに影響するわけではないけれど『プレーの質』ですよね。雑にせず丁寧にやろうというような、気持ちの面にも結びついてくる。目の前のプレーとはちょっと違うこと、それも良いことをすることで、気分も変わるし、違った視点で物事を捉えることができる。よく『グラウンドには神様がいる』ということを、僕らも小さい頃から言われたものですが、神様を味方につけることを大谷は今でもしっかり実践しているんだと思います」

相手に敬意を払い、雑なプレーをしないという意識は、井端自身もまた、現役時代つねに心がけていたことだ。
「終盤で大差がついて勝敗が決まっていたとしても、自分の打席はしっかり相手に集中すること。自分の場合は、それを年間通して心がけていました。そういう場面では、若い投手が投げることが多いんですが、彼らだってそこでいいピッチングをすれば1軍に残るし、打たれれば2軍に落ちる。点差があろうが1点だって取られたくはないわけで、そこをいい加減にしてはいけないなと」

プロである以上、勝敗はもちろん成績や記録にこだわり、日進月歩のトレーニング方法でフィジカルや技術を鍛錬するのは当然のことだろう。だが、大谷やプホールス、あるいは大谷のチームメイトで2度のリーグMVPを獲得しているマイク・トラウトのような、ここぞの場面で力を発揮するスターは、それと同じくらい“心の野球”を大切にしているのだ。

(つづく)/文・伊勢洋平