Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第44回]
明日の自信を生み出す「もうちょっと」の準備(後編)
Posted 2022.01.21

無失策を実現した侍ジャパンの準備

昨年の東京五輪で奪取した侍ジャパンの金メダルもまた、選手たちの徹底した準備の賜物と言えるだろう。こと守備においては複数ポジションでの起用を余儀なくされるのが代表戦の難しいところ。一流のプロとはいえ、長らく経験のない本職以外のポジションを守るのは不安材料だ。もちろん選ばれた精鋭24人の結束力も優勝の大きな原動力だが、慣れないポジションを引き受けながら「5試合無失策」を達成した内野の堅守も、勝利の女神を引き寄せる重要なファクターだった。

侍ジャパンの内野守備・走塁コーチを務め、今年からU12代表監督に就任した井端弘和はこう振り返る。
「とくにファーストは浅村選手しか考えられない状況だったので、まだ代表メンバーが発表されていない段階から、浅村には顔を合わせる度に『ファーストだよ』と(笑)。なので本人も分かっていたと思いますが、その中でしっかり準備してくれた。それと源田もですよね。毎日のようにサードの守備練習をやってくれていました」

「エラーしちゃいけない」というようなことは意識せず、思い切って臨めたという内野陣。練習も基本的に選手個々に任せていたという侍ジャパンだが、その準備に対する意識の高さは日本を代表するプロ中のプロ。
「初戦の福島だけは初めての球場でしたが、前日練習で2日分くらいの練習ができていました。数も多かったなと。必要以上に行ってましたね。結果、変な連携ミスや見えないミスもなかったし、経験の少ない村上も難しい打球を捕ってくれていた。無失策は上出来ですよ。他のチームは、韓国もアメリカもポロポロと守備でのミスは出ていたし、そうしたちょっとの差で勝てたのかなと思います」

日本一を決めた、代打・川端慎吾の一振り

準備の差が勝敗を分けると言っても過言ではない野球において、最も準備が難しいのは代打ではないだろうか。スタメンなら4巡程度回ってくる打席だが、代打はたった1打席勝負。それも勝敗を左右する重要な局面での打席がほとんどで、凡退すれば次のチャンスはいつ訪れるかもわからない。昨年の日本シリーズ、ヤクルトが日本一を決めたのは、代打・川端慎吾の決勝タイムリーだった。卓越したバットコントロールで2015年の首位打者にも輝いている川端は、椎間板ヘルニアを発症して以降、腰の痛みと戦いながらも昨シーズン「代打の切り札」としての地位を確立。歴代2位となる代打でのシーズン30本安打を達成し、得点圏打率は4割を超えている。とはいえ、あの延長12回のワンチャンスで結果を出すのは並大抵のことではない。

「あの打席は大変ですよ。レギュラーシーズンは9回打ち切りだったので、まだ読みやすかったと思うんです。でも、あんな11回まで引っ張られて、その前にも『あるか?』『ないか』『次はあるか?』という心境だったはず」
そう井端は語る。
「代打の出番は『ランナーが2塁に進塁したら行くよ』とか、細かい状況によって変わるし、その度に、何回も準備しないといけない。『どうせ来ないだろう』と思って回ってきたりすると後悔するのでね。いつでも行けるようにするというのは、本当に大変なことですよ」

かの超一流打者イチローが、マーリンズ時代、3000本安打の達成を前に足踏みしていた時期があったが、それも代打での起用が大きく影響していた。
「ただでさえ代打ってしんどいですからね。この状況の中、代打で結果が出ないことは、ダメージが大きいんです。重いですね。僕も、切ったら赤い血が流れてますからね。緑の血が流れている人間ではないですから」(※1)
試合が終わったその日から次の試合の準備を行うイチローでさえ、スタメンで「4の4」を打つより代打の「1の1」は難しいという。まして偉大な記録のかかる中、その重苦しさは尋常ではなかったはずだ。

“代打の神様”と呼ばれた男たちは、準備の達人だった

代打の切り札として期待に応え、ファンを沸かせてきた選手たちは、どのような準備や心がまえでゲームに臨んでいたのか。第一に言えるのは、現役を続けるために代打を引き受けるという覚悟を持ちながら、チャンスさえあればスタメンを担えるよう、人一倍のトレーニングを積んでいたこと。そして、ここぞの打席でどんな投手にでも対応できるよう、代打ならではの修練を行っていたことが挙げられる。

かつて阪神タイガースで「代打の神様」と呼ばれた桧山進次郎氏は、代打として起用されるようになった2006年以降、それまで行っていた調整練習をやめ、打撃投手に全力で投げさせた球を可能な限り近づいて打つ練習を行った(※2)。これは“初代”代打の神様・八木裕氏の練習を手本に取り入れたもの。甘い球であれば1球目でも仕留めなければ終わる。それが代打の世界だ。もちろん展開を読んでの準備もするが、必ずしも予想した投手が出てくるとは限らず、得点の場面ともなればそう簡単に打たせてはもらえない。自分のフォームが崩れようが、1球目から試合と同じ気合いで球を捉える練習に切り替えたのだ。試合中にも、ブルペンを訪れてリリーフ陣の投球に目を慣らしたり、近くのものと遠くのものを交互に見る訓練を行うなど、いわば動体視力を鍛える地道な努力を重ねて打席に立っていたという。

また、70年代、阪急ブレーブス黄金期に活躍し、通算代打ホームラン27本の世界記録を達成した故・高井保弘氏は、相手投手のクセを徹底的に研究し、代打で“千両役者”となった最初の打者として知られる。当時、最強の助っ人外国人として来日していた同僚のダリル・スペンサーが、ベンチで相手投手の細かな動作を必死にメモしているのを見た高井は「メジャーで活躍した打者が、日本でもこんなに研究してプレーするのか」と驚嘆。独学で投手のクセを盗み始め、ノートにまとめた(※2)。例えば、江夏豊であれば「ワインドアップ:グラブに入れる手が深いときはカーブ。グラブから手首が出たらストレート」。鈴木啓示なら「セット:グラブの位置がベルトより大きく下のときは変化球」。村田兆治は「セット:ワシづかみでボールをグローブに入れたときはフォーク」。それらをすべて頭の中に入れて打席に立ち、ここぞの一球を振り抜いていたのだ。先日亡くなった水島新司さんの漫画「あぶさん」のモデルにもなっている高井保弘氏は、子どもたちにサインを求められると必ずこう書いていたという。
「一つ、準備。一つ、集中力。一つ、自信。一つ、一番になること」
勝敗を分ける場面で、平常心を保ち、結果を出す。「代打の神様」には神様と呼ばれるだけの準備があった。

序盤から目の離せない2022シーズンの野球界

年が明け、各球団、いよいよ春季キャンプが始まる時期だが、今シーズンは、日本ハムを新たに率いる新庄剛志監督をはじめ、ホークスの藤本博史監督や、ドラゴンズの立浪和義監督ら、昨季、下位に甘んじたチームが新監督のもと、どう立て直しを図るのか。メジャーリーグも大谷翔平のさらなる飛躍や、新天地での活躍が期待される鈴木誠也の動向など、早くも話題の尽きないシーズンになりそうだ。

「鈴木誠也は適応能力がものすごく高い選手なので、楽しみですよ。メジャーの環境や投手のスピードなど、他の選手よりも慣れるのが早いんじゃないか。彼の成績はみんなが思っているより上を行くと思っています」
そう井端は期待する。
「日本のプロ野球で楽しみなのは、順位がどう変動するかということ。何と言っても昨シーズンはセ・パとも最下位の両チームが優勝した。それを考えると、最初から混戦になるのかなと思いますよね。下位チームはドラフトも上手く行ってるので西武やDNAがいきなり上位に来るかもしれない」

活躍しそうな選手は、春季キャンプを見ていても分かると井端は言う。
「新人だろうがベテランだろうが、今シーズン、何を目標にしているかが見える練習をしている選手は楽しみですよね。ただ単に練習メニューをこなしているような選手は、ちょっと今シーズンはダメかなと思ってしまう」
選手個々の目標と、それに対する準備、心がまえ。そんな視点でキャンプに着目するのも面白い。

(了)/文・伊勢洋平

※1 『イチロー・インタビューズ 激闘の軌跡2000-2019』石田雄一/著(文芸春秋)より
※2 『代打の神様 ただひと振りに生きる』澤宮優/著(河出書房新社)より