Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第46回]
失われて気づく当たり前、喪失から生まれる強さ(後編)
Posted 2022.04.01

新監督BIGBOSSの選手たちに対する思いとは

人には失われた日常を取り戻す力もあれば、これまで当たり前だと思われてきた常識を覆す力もある。開幕したプロ野球界で俄然注目を集めているのは、日本ハムファイターズを率いる新庄剛志新監督。就任当初から「選手全員が横一線」と公言し、スタメン出場をかけてガラポン抽選を行ったり、開幕投手にドラフト8位のルーキー北山亘基を抜擢したりと、常識破りの起用で話題をさらっている。そうした新庄流のパフォーマンスは、井端弘和の目にどのように映っているだろうか。

「僕が見る限りでは、内心はめちゃめちゃ勝ちにこだわってるんじゃないかと思いますよ。勝たなきゃ面白くないってことは、本人が一番よく分かってると思いますし、新庄さん自身、日ハムでの現役時代は『パフォーマンスをやるからには結果を出さないといけない』というプレースタイルでしたから。監督としても、選手が普段どおりにプレーできるようにうまく導いているだけであって、パフォーマンスで終わらせようとは絶対に思っていないはず」

新庄監督の就任以来、日ハムというチームの雰囲気は変わった。開幕カードこそ結果は伴わなかったが、日ハムのベンチはとびきり明るい。オープン戦ではファン投票でスタメン守備位置を決めるという仰天イベントも実施し、選手たちは好プレーの連発で球場を沸かせた。
「学生時代なら学年が上がればレギュラーになって伸び伸びプレーできたかもしれないけど、プロ野球って、10歳上の選手だろうが15歳上の選手だろうが、一緒にやるわけで、その中で勝負しないといけない。プロで伸びない選手は、そういう点で萎縮することもある。新庄監督がやっているのはそこを取り除いて、同級生同士のような感覚をチームに与えるとか、若い選手でもかつて自分がお山の大将でやってきたように、上に立てるようにする。そういう環境を作っているように思いますね」
そう井端は語る。

指導者や先輩の指示で動いていた学生時代と違って、プロは自ら課題を克服してレギュラーを奪い、ファンにも応えなくてはならない。就任直後、新庄監督は自身のSNSにこう綴った。
「夢を掴む為にはまず周りに発信すること。人を笑顔にしたいなら自分が笑顔でいること。感謝されるには自分から感謝すること。その場を楽しませるには、まず自分が楽しむこと。失敗しない為には 失敗しない準備をしておく。何かをやってもらう方法は まず自分からやること」
そうした思いがあふれるのは、新庄自身、メジャーリーガー時代に3Aでの過酷な選手生活を味わったり、同時多発テロ事件の際、地元ニューヨークで救援活動に参加した経験も影響しているに違いない。

かつての常識が次々と覆されている高校野球

「雪国の高校が優勝するのは難しい」
甲子園の長い歴史の中で、誰もがそう思っていた常識を駒大苫小牧が覆したのは2004年の夏。北海道の名門高校のほとんどが室内練習場で冬場の練習を行う中、当時、駒大苫小牧を率いていた香田誉士史監督は「雪上ノック」をはじめとする気候ハンデを逆手に取った大胆な練習を取り入れ、北海道勢初となる夏の頂点に輝いた。翌2005年には2年生のエース格・田中将大を擁して夏連覇を達成。2006年の決勝では早稲田実業と引き分け再試合の名勝負を演じた。30歳半ばで高校野球史に残る偉業を果たした香田氏は、後にこう語っている。
「わからないってことは俺の武器だと思った。自分の理論がないから、なんでもやってやろうって思えるしね」(※)

駒大苫小牧が始めた雪上練習は、現在、道産子ナインのスタンダードとなり、道内の多くの高校やリトルリーグでも取り入れられている。そうした試みは北海道ばかりではない。昨今では、全国のさまざまな高校で「当たり前」にとらわれない練習や強化が行われている。例えば、創立112年になる大阪の寝屋川高校は、典型的な公立の進学校。練習時間は平日夕方4時〜5時半と朝1時間の打撃練習のみ。グラウンドもほかの部活と共用だ。私学の強豪校には全国から有望な選手がどんどん集まるが、近年は少子化の影響や学区制の撤廃もあり、野球部存続の危機に瀕している公立高校は少なくない。

だが、2018年、春季近畿地区大会大阪予選で準々決勝へ進んだ寝屋川高校は、藤原恭大(千葉ロッテマリーンズ)や根尾昂(中日ドラゴンズ)を擁する“高校最強”の大阪桐蔭を相手に4-5の大善戦。9回二死から逆転サヨナラ負けを喫したが、8回の集中打で4点を奪い、最後まで大阪桐蔭を苦しめた。寝屋川高校がそこまで強くなったのには理由がある。
「大阪の公立高校が『たまたま』ではなく『狙って』甲子園をめざすプロジェクトを始めます」
監督の達大輔さんは自身のツイッターに選手のスイングや投球動画を公開しては質問を投げかけ、部外からもアドバイスを求めるという「掟破り」な方法で、多く賛同者を獲得。専門家による効果的な栄養指導やトレーニング指導を受けることができるようになり、広報効果もあって府内の中学校やクラブチームからの問い合わせも格段に増えるようになったのだ。

環境に恵まれなくともプロを目指せる時代

また、広島の武田高校は、私学ながらスポーツ推薦のない進学校で、入部するのは市内の“並”の中学生。平日の練習時間はたった50分で、グラウンドは内野しか使えないという野球部だが、2019年のドラフトで谷岡楓太がオリックスに入団(育成2位)し、2020年には夏の県大会4強を果たして注目を集めた。これもまた、岡嵜雄介監督の常識破りとも言える「フィジカル革命」によるもの。練習時間が50分ではノックやティー打撃、フリー打撃の数をこなすには限界がある。だが、3年間体をつくって140km/hの球を投げたり、ホームランを打てる選手を育てることはできる。栄養学に基づく食事や科学的トレーニングを実践した部員たちの成長は目覚ましく、最速152km/hを投げられるようになった谷岡をはじめ、入部時より20km/h以上の球速アップを達成する投手が続出。野手の平均体重は79kgを超え、ホームランを量産するようになったという。

昨今の高校野球に見られる変革について、井端は言う。
「今はトレーニングによって何がどう伸びたのか、どのくらい効果があったのか、データが明確に出せるようになった。それによってゴールも見えやすくなれば、選手のモチベーションが上がる。一昔前は、球は速いけど打たれやすいという投手もいたでしょうけど、今では回転数も計測できたりするわけで、数値化によって練習効率が上がっている時代なんだと思います。それと、僕らが子供の頃はみな甲子園が一番の目標でしたが、今の子どもたちは甲子園よりも先を見て成長していますよね。佐々木朗希投手もそうですけど」

「環境が悪いから無理」「時間がなければ無理」「公立では無理」「経験が浅いから無理」「ケガをしたから無理」……そうした当たり前の社会通念に縛られるほど、スポーツはかしこまったものでもなければ、従順なものではない。もっとしなやかで、賢く、強く、革新的な力を秘めているものだ。かつて障害者スポーツの普及に尽力し、「パラリンピックの父」と呼ばれた神経外科医ルートヴィヒ・グットマン博士は、第二次大戦中、治療に当たっていた傷痍軍人たちにこんな言葉をかけ続けたという。

「失ったものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」

コロナ禍や戦禍の続く時代であれ、指導者や選手の揺るぎない情熱によって、今までの「当たり前」を取り戻したり、覆したりできるのもスポーツの真髄なのだ。

(了)/文・伊勢洋平

※ 『勝ち過ぎた監督 駒大苫小牧幻の三連覇』中村計/著(集英社)より