Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第47回]
球春到来! 新たな春に向かって夢を言おう(前編)
Posted 2022.04.29

新生活に心ざわめく球春の季節

“春風や まりを投げたき 草の原”
明治時代に「ボール狂」を自認するほど野球を愛した俳人・正岡子規は、春の到来をそう詠んだ。友人らとの土筆狩りの帰り道、芝の養生された広場を見て「ここでベースボールができたらどんなに楽しいか」と思ったのだという。地元・松山から上京し、1884年に旧制一高(のちの東大)へ入学した正岡子規は、当時、アメリカから伝わったばかりの野球に魅せられ、上野公園内の空き地を球場に捕手としてプレー。青春を野球とともにし、5年後に肺病を発症してもなお、野球への夢を数多くの句や詩歌に綴った。

4月はプロ野球が開幕すると同時に、新生活がスタートする時期。人々の多くの夢が交差するシーズンでもある。中学や高校では、学年が1つ上がった3年生の野球部員が、最後の夏に向けて意識を高める一方、新入部員も入部し、期待や不安、ライバル心などさまざまな高揚感がチーム内で沸き起こる。心機一転し、これまでとは違った部活動やサークル活動を始めた人もいるだろう。勉強にモチベーションが高くなるのもこの時期だ。今年は民法改正で126年ぶりに成人年齢が引き下げられ、とくに若い世代の意思決定や行動選択の幅が広がった。18歳で公認会計士や司法書士になるような学生も増えるかもしれない。

大人になると自分の夢が言えなくなる?

一方で、現代の大人世代はどうだろう。「自分の夢を言える大人」というのは、案外、少ないのではないだろうか。若い人よりも人生経験を積み、さまざまな人や物事と出会ってきたにも関わらず、だ。仕事をするようになると、どうしても職場と自宅の往復で時間がなくなり、ローンや子どもの学費、老後のための貯蓄と、使えるお金にも限りがある。新しいことを始めても続かなかったり、春は部署異動や新たなノルマで憂鬱だというサラリーマンも多い。何より「もう、夢を語るような歳でもないし」と、他人の目や自らの“決め付け”で夢を放棄してしまうのだろう。

だが、夢を持つ大人というのは、年齢や他人の価値観など気にしない。ミュージシャンを夢見た女の子が、20年経った今も、十三のジャズバーで必死にグランドピアノの鍵盤を叩く。田舎から芸人を目指して上京してきた男の子が、30歳になった今も、新宿のライブハウスで大きな笑いをとってやろうと舞台に上がる。例えばそうした友人知人の活動に触れる機会があったなら、その懸命な姿に清清しい気持ちになったり、忘れかけていた心ざわめくような感情を抱いたりするのではないだろうか。声は小さくとも、彼らは夢を語り続けているからだ。

U-12日本代表監督と野球塾、井端弘和の新たな夢

「プロを目指したのは小学生で、その夢を断念したのは中学生(笑)。小学校では“お山の大将”でも、中学校に上がるとすごい奴も現れて周りが見え出してきますから。でも、結局、小学校の頃からずっと野球が好きだったし、もし大学やプロに行けなくても、それこそ草野球だろうが野球をやりたい、野球関係の仕事に就きたいと思ってましたね」
川崎の川中島小学校時代から野球に熱中し、ドラゴンズで伝説の二遊間コンビとして球史に名を残した井端弘和は、そう語る。特別なわけではない。子どもの頃はみな、好きなことに夢中になり、そのフィールドを駆け回る。一流のプロ選手もまた、そうした時代を過ごしてきた。夢に向かって邁進すると書いて「夢進」。母校との交流イベントで小学校を訪れた井端は、そうした言葉を子どもたちに送ったこともある。

その井端は、侍ジャパンの内野守備・走塁コーチとして金メダル奪還の大役を果たした後、WBSC U-12の日本代表監督に就任。今年からは、幼稚園児から中学生までを対象とする野球教室「井端塾」も本格始動させた。子どもたちに夢を与える新たな活動について井端はこう語る。
「塾の子どもたちには『野球選手になれ』とは思っていない。それよりも野球は子どもたちの人間形成において、非常に優れた競技だと思っていて。だから、できるだけ長く野球をやってほしいなと思っています。野球から学べることはたくさんあるし、仮に後々ほかの競技に行くにしても野球をプレーしてきた経験は必ず生きると思いますしね。それが野球というスポーツだと」

子どもたちへの指導は、40代半ばの井端自身にとっても新たな夢であり、やりがいの大きいチャレンジだ。
「低学年の子どもとなると、感覚で物を言っても伝わらないくらい経験が浅いわけだから、自分も引き出しを多くしないとしっかり教えられない。自分自身、いろいろな世代を指導してスキルアップしたいという思いもあるんです。小中学校で野球をやることというのはプロ野球選手ならみんな通ってくると思いますし、現代の子どもたちは、まさにこれから野球界に入ってくる世代ですから。この子たちを教えることで、自分がまた指導者としてプロ野球に戻ったときも『小学生のときはこうだっただろ』『こうじゃなかったか』と、若い選手たちとも憶測ではない実感の伴った話ができる。プロには本当に素材だけで入ってくるような選手もいますからね、小中学校でどういうことをやってきたのかが分かると教えやすいのかなと思うんですよ」

(つづく)/文・伊勢洋平

参考文献
『「野球」の誕生 球場・球跡でたどる日本野球の歴史』小関順二/著(草想社)