
夢を言い続け、実行し続ける力
自分が実現したい夢や目標を決して疑わず、明確にイメージして声に出し続けることが大事 ―― かつて自己啓発ブームを巻き起こした作家ジョセフ・マーフィーは、それが自身の潜在意識を呼び覚まし、成功につながると説いたが、ビッグマウスとも捉えられかねない夢を言い続け、その夢を実現したという好例は野球界にも多々ある。
2004年に日本ハムへ入団した稲田直人(現・日本ハム内野守備走塁コーチ)は、広陵高校時代から「オレはプロになる」と言って憚らなかった。2年の夏にレギュラーとなるも甲子園出場は果たせず、駒澤大学へ。駒大では4年の秋に大学日本一となるも、プロに手の届くような成績ではなかった。それでも「プロになる」と言い続ける稲田に、広陵高校の名将・中井哲之監督は「恥ずかしいからあまり言うな」と諌めたというが、その後、社会人野球のNKKに入った稲田は遅まきながら能力を開花。若獅子賞を獲得してチームのベスト8に貢献すると2003年のドラフトでついに日本ハムから5位指名を受けたのだ。
そんな教え子の姿を見て、中井監督は自身の考えをこう改めたという。
「大人になると恥ずかしくなったりして、自分の夢が言えなくなる。強い意志を持ち続ける、口に出してそれを実行できる。これが大事なんだと実感しました」(※1)
夢から覚めても、結局、野球が好きだった
子どもの頃に描いた夢は、誰しもそうすんなりと実行できるものでもないし、夢の前には現実が立ちはだかるものだ。井端弘和は自身の子ども時代をこう振り返る。
「小学生の頃は『なりたい』というより『なれる』と思ってましたよ。中学に上がって周りが見え出してからは『甲子園に行きたいな』に変わりましたけど(笑)。まあ、甲子園も行きたいと思って行けるわけじゃないし、それも甘い考えですよね。でも、結局、野球が好きだったんですよ」
好きな野球に打ち込んだ井端は、当時、奇遇にもリトルシニアで指導していた故・野村克也さんの勧めで堀越高校へ入学。投手から遊撃手に転向し、92年春・93年夏の2度、甲子園に出場した。一度は断念しかけたプロ野球選手という夢だったが、堀越高校〜亜細亜大学時代には目標とする選手も現れた。青山学院大学の1番ショートとして東都大学リーグ史上唯一となる三冠王に輝き、福岡ダイエーホークスに逆指名入団した井口資仁(現・千葉ロッテマリーンズ監督)だ。
「井口さんは学年も1つ上で、高校大学を通じて追い求めていた存在でした。スタイルは違うのでプレーを追い求めていたわけではないですけど、カッコよくて尊敬できる点も含めてですね。ライバルというと『あんなヤツのプレーは……』みたいに、どこか否定する自分もいたりするものですが、井口さんは素直に受け入れられる大きな目標でした」
亜大の3年先輩で二遊間を組んだ沖原佳典や、東洋大学の今岡誠、目標としてきた井口ら対戦してきた身近な内野手がプロ入りする姿を見て、井端もまた再びプロへの思いを強くしていった。
一流のプロ選手たちの語る、夢の叶え方
夢を叶えるのにいちばん大切なことは何か? その問いに井端はこう答える。
「それはもう、ずっと諦めずにやってきたということですよね。野球、野球、野球って……子どもの頃から野球中心だったことは一貫していました。もちろん同じチーム内では、中学に行ったら何をしようとか、高校では野球やめて他のことをしようとか、そういう話はあったけど、僕の選択肢には野球以外なかったですね」
かつてスティーブ・ジョブスは「失敗と成功の違いは、途中で諦めるかどうか」と説いたが、野球を好きになり、その野球を“諦めずに続ける”ことは、実は夢を叶えた一流のプロたちに共通して言えることだ。
井端の大学の後輩でもあり、侍ジャパンのストッパーも務めた山﨑康晃はインタビューの中でこう語っている。
「上手くなるための一番の近道って『好きになる』ことだと思うんです。そこから勝つことの楽しさや細かいルールなどを少しずつ覚えていく。その先に甲子園があったり、大学野球があったり、プロがあるんです」
パ・リーグを代表するパワーヒッター柳田悠岐もまた、これまでの道のりをこう振り返る。
「小学校から中学校、高校、大学、プロと野球を続けてますけど、正直しんどいことのほうが多いじゃないですか。練習がきつかったり、特に思春期になると他の誘惑もあるから野球以外にも遊びたくなったり。そんなときに野球につなぎとめてくれるものって何なんだと考えたら『野球が好き』という気持ちだけなんですよね。プロになるためにはどうすればいいかなんてわからないけど、一番は続けること」(※2)
「よくがんばったな」と思える人生は楽しく、価値がある
意外なことかもしれないが、ある資産運用会社のネット調査によると、新型コロナ拡大前よりも拡大後のほうが「夢・目標がある」と回答する人が増えたという。拡大前の2020年1月に28.6%だったのが、同年10月には62.9%だったというから、その伸びは大きい。2021年の転職率も過去6年間で最も高かったという。先行きの見通せない時代ではあるが、外出自粛生活で時間が増えたぶん、自分の夢を見つめ直したり、好きなことを改めて考えた大人も多いのではないだろうか。
アフターコロナへと社会活動が移りつつある2022年の球春、自分の夢を改めて語ってみよう。何も転職や世界一周のような大げさなものでなくたっていい。例えば、昔得意だった楽器を再開してストリートライブをやってみたい、草野球で大谷翔平のようなスライダーを投げてみたい、そんな夢だって実現できたらきっと痛快だろうし、人生ポジティブになれるに違いない。
日米球界で幾多の夢を叶え、今シーズンからまた新たな夢に挑戦する日本ハムの新庄剛志監督は、自身の人生観について自著(※3)でこう語っている。
「夢は見るものじゃなくて叶えるもの。夢は何度叶えても楽しい。夢を叶えるために、諦めずに努力する。夢を叶えたときに『よくがんばったな』と思える人生は楽しいし、価値があると思っている」
(了)/文・伊勢洋平
※1 『心が熱くなる!高校野球100の名言』田尻賢誉/著(三笠書房)より
※2 『あのプロ野球選手の少年時代』花田雪/著(宝島社)より
※3 『わいたこら。』新庄剛志/著(学研プラス)より
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