Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第56回]
出会い、そして成長 〜本当のプライドは育つのか〜(後編)
Posted 2022.12.02

土壇場で打ち克つ精神力は、堀越時代に身についた

1000本ダッシュや長時間に及ぶベースランニングなど、しごきとも言える桑原監督の練習だったが、井端はそうした指導方針をこう解釈する。
「選手を追い込むと言う点では、日本でもナンバーワンの監督だったと思いますよ。でも、そうした状況の中でこそ、その人の真価が問われるじゃないですけど、その人の本質を見てたのかなと思うんです。いろいろなことを言われましたけど、例えば高校野球で試合に負けそうになるとベンチでみんな大声出して自分たちを鼓舞しますよね。あれが本来の必死の姿であって、『じゃあ、なんで練習している今やらないの?』って。人間、切羽詰まった時にやったって遅いんだというね。その姿で練習しろよと」

「僕自身、やっぱり動じなくなりましたよね。もちろん厳しい場面では緊張するんですけど、緊張はしてても、そこで打ち克つことができるというか」
井端が桑原監督から得たものは、そうした精神的なタフネスだけではない。野球は簡単に打てるものではなく、勝つためには9人が線となってつないでいくしかない。そうした考えから、桑原監督は選手たちに徹底して右打ちを練習させたという。野球に対する考え方、そして野球選手としての自分の生き方を教わった井端は、練習後も自らグラウンドに残り、バットを振り続けた。

学生時代の監督との出会い、そして成長は「職人技」と称されドラゴンズ打線を牽引した井端のバッティングや、痺れるような場面で発揮される勝負強さの原点となった。堀越高校時代、2度の甲子園出場を果たした井端は、のちに東都大学野球を13度制する内田俊雄氏が監督を務めていた亜細亜大学へ進学する。
「自信を持って推薦できる選手だから頼む」
ともに広島商業時代の球友だった桑原監督は、内田監督にそう井端を評して紹介した(※1)。

大切なのは社会に通用するための「人間づくり」

「野球のことだけじゃなく、自分が変な方向に行かないように、監督やコーチにうまく操縦させられてたのかなって思いますよ」
井端は高校・大学時代をそう振り返る。
「とくに学生時代は、いくらプロをめざすような選手でも野球だけやってればいいというものじゃないし、高校や大学から社会に出る人も多い。社会に通用するための『人間づくり』は、桑原先生も内田先生もされてましたよね」

ただでさえ遊びたい盛りで、自己顕示欲にも駆られやすい10代の選手は、ひとつ間違えると「俺は野球が上手ければいい」といったような思考に陥りやすい。若い頃からチヤホヤされていればなおのこと、周囲への感謝や敬意、本来必要な努力を欠く人間にもなりかねない。過度に厳しい指導は、得てして「スパルタ」や「昭和型」などと、表面的なイメージで一括りにされがちだが、名将と言われる指導者たちの教えの本質は、その選手の先々を見据えた人間形成にこそあるのだろう。

駒澤大学陸上競技部を箱根駅伝で8度の優勝に導いた大八木弘明監督も、監督車から選手を怒鳴って鼓舞する姿がよく知られているが、その声で選手が一段階ギアを上げられるのは、日頃からキツい場面で監督が声をかけ、苦しい練習を乗り越えてきているからだ。一方で、大八木監督が大切にしているのは、決して箱根にピークを合わせての猛練習ではなく、卒業後の伸びしろを考えた指導だという。3・4年生になると選手と意見交換しながら個々の練習メニューを与え、いずれは選手自身で強化プランを立てられるよう促していく。今や一大イベントとなった箱根駅伝を境に燃え尽きる選手も多い中、実業団やオリンピックで活躍する教え子が多いのはそのためだ。

また、大八木監督は雑誌のインタビューで次のようなことを語っている。
「卒業後に伸びるために最終的には応援される選手になることも大切です。人との出逢いによって人間性と競技力を高めていく選手にならないといけません」
そのため選手には、寮の周辺の人々への挨拶や地域のゴミ拾いも徹底させている。最初はやらされている感の強い選手でも、やっているうちに自然と周囲に感謝し、行動できるようになるという(※2)。

大人が自ら手本にならなくてはいけない時代

もちろん今の時代、精神修養が目的とはいえ、指導側がメンタルを鍛えてやろうと暴言を吐いたり、体罰をするようなことがあってはならない。だが、子供の頃や学生時代は、自分自身を理解できるものでもないし、社会との関わり方もまだまだ未熟だ。だからこそ、選手よりも人生経験の豊かな監督、コーチといった大人たちが、道を見誤らないよう若い選手たちを我慢強く見守らなくてはならない。今まで以上に自分たちの襟を正すことも求められるだろう。

「今は、選手たちが自分に厳しく、自分で自分を追い込み、メンタルを強くしていかないといけない。そこが難しい部分でしょうけど、子どもたちなんかは、やればやっただけ伸びますから、しっかり練習してきたらしっかり褒めたり、そのスイッチをどう入れるかなんですよね」
自らの野球教室で小学生を指導する井端はそう語る。目先のテクニックや近道ばかりを求めようとする若い世代も多い昨今、最も意識しているのは、野球を通じて人を育てることだ。
「勉強ができる子だって勉強だけしてればいいわけじゃない。野球も同じ。全員が全員、大人になっても野球を続けるわけではないし、野球をやめてからの方が大事ですから」

選手たちの将来のために、人生を投じる。そんな指導者たちと出会えた若い選手たちは、きっと競技から離れた後も、自分の進んだ道で後進のために尽くそうとするに違いない。だが一方で、このところのスポーツ界は東京五輪の汚職事件に揺れ、アスリートの活躍の裏で人々を失望させている。現代のスポーツイベントがビジネスの成功なくして成りたたないのは確かだが、スポーツが支持されるその根幹にあるのはフェアネスであり、勇気や努力であり、決して勝敗だけではない。本来、子どもや若い世代に夢を与えるべき大人たちが五輪利権に群がり、目先のマネーのためにアンフェアな取引をしているようでは、スポーツの発展に未来はない。

(了)/文・伊勢洋平

※1 『週刊現代』2016年2月27日号 二宮清純レポート「もう少しで名球会、でも未練はなかった 井端弘和 巨人一軍内野守備走塁コーチ」より
※2 『Number Web』2022年5月4日付記事 箱根駅伝PRESS「箱根駅伝だけを目指していると、目標を見失う」より