Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第57回]
運命を手繰り寄せるもの(前編)
Posted 2022.12.23

サッカーW杯で驚異的な戦績を残すクロアチア代表

クロアチアの鍾乳洞には「ホライモリ」という奇妙な生き物がいる。真っ白でひょろ長く、ぬめった皮膚を持つその小さな両生類は、光のない洞窟に生息するため、目は退化しているが、そのぶん嗅覚や聴覚、電気・磁気感覚に優れ、個体によっては100年も生きるという。1600年代に編纂された百科事典には「ドラゴンの幼生」とも記されている。中世の人々が、大雨で洞窟から流されてきたホライモリをドラゴンの子どもだと思い、洞窟の奥に潜む巨大なドラゴンの存在を信じていたためだ。

もちろんそれは民間伝承に過ぎない。ホライモリは極めて代謝が低く、餌に乏しくとも、その運命を受け入れるかのごとく、暗い水たまりで一生を過ごす生物だ。だが、サッカーW杯のクロアチアは、人口400万人の小国の代表でありながら、常人なら心の折れるような状況でも恐るべきタフネスを発揮し、4年に1度の大舞台に伝説を刻み続けている。前回のロシア大会では、2戦連続でPK戦を勝ち上がり、準決勝ではイングランドに先制されながら延長後半で逆転勝ちを収めた。今回のカタール大会でも2戦続けてPK戦に持ち込み、98年以降の3大会は全て3位以内。

日本のような勢いのあるチームに先制されようが、王者ブラジルに延長戦で決定的なゴールを決められようが “炎の男” を意味するヴァトレニ(クロアチア代表の愛称)の闘志が消えることはない。どんな状況でも諦めることなくゴールをこじ開け、PK戦ともなれば、守護神のドミニク・リヴァコヴィッチがまさしくゴールに巣食うドラゴンのように立ちはだかり、相手キッカーを萎縮させた。

サムライブルーの勢いを上回ったクロアチアの経験値

森保一監督率いる日本代表は、グループリーグで優勝候補のドイツとスペインを相手に勝利を収め、かつてない歓喜と興奮をファンに届けてくれたが、あと一歩のところで目標のベスト8には届かなかった。クロアチアのようなチームは日本と何が違ったのだろうか。

クロアチア戦の敗因については、多くの識者が、リードした後の戦い方であったり、PK戦を含めた経験値であることを指摘している。戦術の巧みなクロアチアは1点のビハインドを背負った後、グループリーグの激戦で消耗した主将のモドリッチに疲れが見えると、中盤でのパスを減らしてクロスボールを前線に送り、高さを生かした攻撃を開始。24本ものクロスを執拗に上げ、百戦錬磨のペリシッチがヘッドでゴールを奪った。

同点に追いつきさえすれば、絶対的GKを擁する彼らは試合がPK戦へもつれることを厭わない。今大会、解説者を務めた本田圭佑は「最後はもっと走れなくなると思っていたが、凄い粘りだった」とクロアチアのセンターバック、グバルディオルらのスタミナに驚嘆。ブラジルを撃破した準々決勝では「上手さで勝てなくても違う勝ち方があることを示している」とその闘いぶりを評した。

さらに言えば、欧州予選から苦しい戦いを強いられたクロアチアは、決勝トーナメントに臨む際のマインドセットも日本とはかなり異なっている。グループリーグの主役となったものの、ベスト16での敗退が3回を数える日本は「新しい景色」という結果にこだわって決勝トーナメントに臨んだ。
「ドイツとスペインに勝ってクロアチアに負けたらもったいない」
対して、準優勝国であるクロアチアは、それと真逆だった。ズラトコ・ダリッチ監督は、日本代表との戦いを前に心構えをこう語っている。
「グループリーグを突破することを目標に、我々はカタールにやってきた。つまり、ここまでで一応の目標は達成したことになる。決勝トーナメントは一発勝負。だから何より謙虚に、落ち着いてプレーすることが大事だ」

大舞台で運命を拓くことのできるチームとは

2010年の南ア大会で日本代表をベスト16へ導いた岡田武史監督(現・FC今治運営会社「株式会社今治. 夢スポーツ」代表取締役)は、かつて「運命をひらく」といったテーマの雑誌対談で次のようにコメントしている。
「リーダーが本気で情熱を持って取り組まなければ運命はひらけていかない」(※1)

実のところ、日本のPKを3本も止めたクロアチアのGKリヴァコヴィッチは、欧州予選の山場で代表から外された経験を持つ。欧州予選でスロバキアやスロベニアに苦しめられ、強豪ロシアに首位を譲っていたクロアチアは、最終戦でロシアに勝たなければ本戦出場への望みが絶たれるという崖っぷちの状況に追い込まれていた。ダリッチ監督は、本来の安定感を欠いていたリヴァコヴィッチを替える決断を下す。そんな失意のどん底にあったリヴァコヴィッチを呼び出し、強烈なキャプテンシーを発揮したのが英雄ルカ・モドリッチだった。
「君のことを気にしていなかったらこんなことは言わない」
そう前置きしたモドリッチは真剣な眼差しでこう説いた。
「代表戦での君の進化が感じられないんだ。それはチームにも伝播している。なぜミスを許そうとしない? ミスをしないやつがいるか? 誰だってミスはするものだ。ミスを恐れるな。君は素晴らしいキーパーなんだ」(※2)

アドリア海に面するクロアチア第二の都市・スプリトで行われた運命の最終戦。降りしきる黒雨の中、残り9分でついにロシアからゴールを奪ったクロアチアは、劇的な予選通過を果たす。そしてリヴァコヴィッチもネーションズリーグや所属クラブでビッグセーブを連発。PK阻止率は26%に達し、再び代表の正ゴールキーパーとして戻ってきた。日本代表との戦いの前日、PK練習を行ったリヴァコヴィッチはチームメイトが実践同様に放つシュートをほぼ全て阻止し、コーチ陣の目を丸くさせたという。

もし、クロアチアが順位や結果ばかりにこだわるチームだったならW杯3位の成績は残せていないだろうし、リヴァコヴィッチもあれほどの化け方はしていなかっただろう。ブラジル出身のベストセラー作家、パウロ・コエーリョは、サッカーに求められるキャプテンシーについて、こう表現している。
「良いサッカーチームとは、11人から成るものではない。1人の選手が11人を共鳴させて成り立つものなのだ」(※2)

(つづく)/文・伊勢洋平

※1 『1日1話、読めば心が熱くなる365人の生き方の教科書』(致知出版社)より
※2 NETFLIX ドキュメンタリーシリーズ『キャプテンズ』より