Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第58回]
運命を手繰り寄せるもの(後編)
Posted 2023.01.13

日本の野球の方が強い。自信をもたらしたイチローの存在。

「大舞台で負けたとき、危機に陥ったときに大事なことは、いかにしていつもの自分たちを取り戻せるかだと思うんですよ。とはいえ、いつもの、いいときの精神状態に戻すというのは、大きな試合ほど簡単ではないですが」
第3回ワールドベースボールクラシックで主役級の勝負強さを発揮し、日本中を沸かせた井端弘和はそう語る。ある意味、それができる選手がメッシやモドリッチのような、11人を共鳴させる精神的支柱なのだろう。野球の日本代表に置き換えるなら、2006年に開催された第1回WBCのイチローもそうした存在だった。

松井秀喜や城島健司、井口資仁らはメジャー開幕に向けた調整との両立が難しく、MLBから参加したのは、レンジャーズとの交渉がまとまったリリーバー大塚晶則と、かねてより大会へ意欲を示していたマリナーズ・イチローの2人。NPBからは、のちにメジャーで活躍することとなる上原浩治や松坂大輔といった先発陣、打線は平成の三冠王・松中信彦を主軸に、小笠原道大や福留孝介、多村仁志ら、全盛期のスターが名を連ねた。キャプテンを置かない方針の日本代表だったが、日米球界でリスペクトされるイチローが日の丸を背負う姿に、俄然注目が集まった。アメリカや中南米のスーパースターが相手でも「メジャーの方が凄いわけではない」「日本人の方が能力は高いのだから、自信を持ってやればいい」。イチローは対戦投手の情報を伝えるのみならず、そうした言葉でチームに勇気をもたらした(※1)。

だが、日本はアジアラウンドで中国、台湾に大勝するも、韓国戦はイ・スンヨプに逆転の一発を許し2位通過。敵地に乗り込んでの第2ラウンド米国戦では、3-3で迎えた8回表、球史に残る「疑惑の判定」が起こる。1死満塁のチャンスで打席に立った岩村明憲がレフトへ犠飛を放つと、3塁走者の西岡剛はタッチアップでホームを駆け抜けた。米国のキャッチャーは西岡の離塁が早かったとアピールし、サードへ送球したが3塁ベースにいた塁審はセーフのゼスチャー。ところが、米国側の抗議を受けた球審のボブ・デービッドソンがその判定を覆し、アウトを宣告したのだ。王監督の猛抗議も認められず、結局、日本は最終回、A・ロッドにサヨナラ打を浴びてしまう。後味の悪い負け方となった日本は、2戦目のメキシコにこそ勝利するが、準決勝進出のかかる大一番で宿敵・韓国に再びねじ伏せられ1勝2敗の絶望的状況へ追い込まれた。

アナハイムの奇跡を呼び起こしたものとは

「アナハイムの奇跡」が起きたのは、その翌日。誰もが敗退の運命を受け入れ、荷物をまとめようとする最中の出来事だ。野球大国アメリカがメキシコに不覚を取り、アメリカ、日本、メキシコの3チームが1勝2敗に。失点率でアメリカをわずか0.01ポイント差上回った日本が、準決勝へコマを進めることとなったのだ。
「まだあるから ――」
韓国に敗れた後のミーティングで、王監督はそうつぶやいたという。現役時代から日本のプロ野球界を牽引してきた伝説の大打者にとって「いまの状況は終わりではない」。そう直感が働いていたのだろう。不本意な敗戦。絶体絶命の崖っぷち。しかし、負けた気はしていない。可能性がわずかでもあるのなら、そういうときこそ諦めるわけにはいかないのだ。

「自分たちは何かを持っている」
イチローの晴れやかな表情に、沈みかけていた日本国内の野球熱が再び沸き起こった。準決勝の韓国戦、イチローは研ぎ澄まされたバッティングと果敢な盗塁で、自ら不退転の覚悟を体現。多村のスーパーキャッチや松中のヘッドスライディングへと伝播した日本代表の魂のプレーは、大会中不調だった代打・福留の先制2ランを呼び起こした。日韓決戦を6-0で乗り越えた日本は、続くキューバとの決勝にも勝利。さらに第2回大会で連覇を果たし、日本の野球が世界のトップであることを証明したイチローは「侍ジャパン」と呼ばれる日本代表の象徴となった。

WBCでは0.01秒のような一瞬の判断が勝敗を分かつ

サッカーW杯に続き、今年3月8日からはいよいよ第5回目となるWBCが開幕する。前大会(2017年)の侍ジャパンはベスト4。エース菅野智之が、クリスチャン・イエリッチ、ジャンカルロ・スタントン、ポール・ゴールドシュミットら“本気”のアメリカ打線を相手にベストピッチを見せるも、あと一本が出ず敗退した。今大会の侍ジャパンは、ついに大谷翔平が参戦し、メジャーを最もよく知るダルビッシュ有とメジャーが熱視線を送る佐々木朗希が競演。打線もカブスの鈴木誠也に加え、NPB最強スラッガー村上宗隆や牧秀悟らスケールの大きな選手が出揃った。だが、連覇を狙うアメリカも主将のマイク・トラウトを筆頭にMVPタイトルホルダーが4選手といった、前回をはるかに凌ぐベストメンバーを招集。サイ・ヤング賞投手のサンディ・アルカンタラや一昨年のMVPを大谷と争ったウラジーミル・ゲレーロJr.をはじめ、ドリームチーム級オーダーを発表したドミニカも破壊力抜群だ。

「オールアメリカ、オールドミニカ、オールプエルトリコと主力を揃えてきた海外を相手に、今の日本の実力が試されるWBCかなと思う。これまでの日本代表の『日本らしさ』というのは、やはり『つなぐ野球』だったわけですが、大谷選手や村上選手のような、パワーでも対抗できる選手が応戦するところも見たいですよね。そこにスピードを生かした盗塁だったり守備の良さだったり、本来の持ち味を織り交ぜていけば、一番バランスのとれたチームになると思うんですよ」
そう井端は語る。ライバル韓国もメジャートップクラスの二遊間を招集し、台湾には逆にジャパンをよく知る選手が名を連ねるなど、東京ドームで開催される1次〜準々決勝ラウンドも油断できない戦いになるだろう。

幼少時代、サッカーの経験もあり、今も高校サッカーやワールドカップを観戦するという井端は、先日のサッカー日本代表のプレーになぞらえ、勝負のポイントをこうも指摘する。
「あのスペイン戦での三苫選手の1mm残ったアシストは、練習の時からギリギリのところでやってきた賜物だと思います。高校野球でも高校サッカーでも、負けられない戦いを勝ち上がってくるのは、出るだろ、無理だろと思うようなところを諦めずに最後まで追っているチーム。WBCもそういうところですよね。本当に球際というか、ボール1個、1mm、秒数で言えば0.01秒というような一瞬の判断や迷いが勝敗を分けると思うんで。それって常日頃からの意識なんですよ。日頃から意識して練習している選手は大舞台でもそうしたプレーを自ずと出すことができるんです」

元サッカー日本代表監督の岡田武史氏も、W杯スペイン戦後の対談でこう語っている。
「勝負を分ける因果関係は一つではないし、結局、運でもあるんだ。でもそれは、俺に言わせてもらえば、神様からのご褒美なんだよ。神様からのご褒美って、本当にやるべきことをずっと積み重ねてきた人しかもらえないんだ」(※2)

世界一決定戦の名にふさわしく、史上最高の選手が集う今回のワールドベースボールクラシック。運命を手繰り寄せるのは、どの選手のどんなプレーだろうか。

(了)/文・伊勢洋平

※1 『Full-Count』松中信彦氏インタビュー(2019年3月22日)より
※2 ABEMA SPECIAL 2チャンネル「岡田武史×本田圭佑 特別対談@ドーハ」より