Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第59回]
ポジショニング〜世界一のためにそれぞれがすべきこと〜(前編)
Posted 2023.03.17

新たなポジションで野球と関わり、能力を発揮する高校生たち

昨年の春季大会、滋賀の地方球場のバックネット裏に、バインダーを片手に逐一スコアをつける女子生徒たちがいた。滋賀・膳所高校の野球部データ班のメンバーだ。膳所高校はまだ甲子園で勝ち星こそないものの夏2回、春4回の全国出場を果たし、一方で文科省のスーパーサイエンスハイスクールにも指定される名門県立校だ。

15人のデータ班は、手分けして球場に赴き、スマホアプリを使って相手チームの打球の傾向を収集・集計、見やすい形で選手と共有する。実際、そのデータを元に守備位置を変更して打ち取った打球も少なくない。近年は、野球ファンの家族の影響もあってデータ班に入部する学生もいる。

3月18日から始まる春の選抜で21世紀枠に選出された徳島・城東高校は、部員わずか12名。マネージャーの永野悠菜さんがノッカーを務めることでも話題となった。甲子園の守備練習で女子生徒がノックを打つのは初めてのことだ。

永野さんがノックをするきっかけとなったのは、監督が練習に来られず部員同士で練習をしていたある日、ノッカーを代行した部員がこぼした一言だった。
「おれ、今日1度もノック受けとらん……」
自分が打てれば、みんなの守備の時間が増えるんじゃないか。そう思った永野さんは、白い手袋をはめ、手にマメができることも厭わずノックを打つようになったという。

地方では部員の減少に悩む野球部も多いが、そうした中、昨今は高校野球という世界で、自ら新しいポジションを見つけ、輝きを放つ高校生たちもいる。潤沢なメンバーを揃え、ポジション争いによって高みをめざすチームがある一方、1人がいくつものポジションを兼任したり、少ない部員数だからこその緊密な戦術で強豪を破ったりするチームもある。野球の姿は時代とともに大きく変わっているのだ。

上位打線が十二分に役割を果たし、1次ラウンドを圧勝した侍戦士

フィールドプレーヤーに9つのポジションが与えられている野球は、それぞれに役割や適性がある。打撃では打順のオーダーが試合の流れを左右し、投手も先発投手と中継ぎ・抑えのブルペン陣では求められる仕事が異なる。球数制限が導入された昨今、短期決戦では第二先発という役割も重要視されるようになった。さらに言えば「代打の切り札」や「足のスペシャリスト」など、ここぞという場面で勝負を託される選手もいれば、キャプテンやムードメーカーとして存在感を発揮する選手もいる。しばしば組織論や人生論にも喩えられる野球の奥深さは、まさに「ポジション」にあると言っていいだろう。

そして、ポジションと選手起用についてひときわ熱く語られるのは、いよいよ始まったWBCのような国際大会だ。WBCの選手登録枠は最大30名。各球団のトップ選手やスペシャリストに加え、メジャー組をどのように起用するか、野球ファンにとって最大の関心事はそこにある。

アマチュア時代を含め、捕手以外のほぼ全てのポジションを経験してきた球界屈指の「守備職人」井端弘和は、WBCの開催前、今回の侍ジャパンのチーム構成についてこう指摘していた。
「東京五輪より野手の枠も増えましたが、もう1人くらい二遊間が欲しかったかなとは思いますね、とくにショートが。牧選手、山田選手はセカンドで、中野選手もセカンド寄りになってきているイメージなので。あとは外野ももう1人いれば……。大谷選手がDHになるわけで、岡本選手は本職ではないし、周東選手も(役目としては)足だから。そこへきて鈴木誠也選手が離脱となると、どうやりくりするか。鈴木選手は1本で2つ行ける足もあったのでね」

1次ラウンドの戦いを振り返ると、井端の指摘する不安要素は“良くも悪くも”的中した。ショートについては、球界No.1の名手・源田壮亮が小指骨折のアクシデント。テーピングを巻いてノックを受けられる状態ではあるが、不安は残る。その守備の要を中野拓夢、あるいはユーティリティー性の期待される牧原大成や周東佑京ら、ほかの選手も含めてどうカバーしていくか、決勝ラウンドのひとつのポイントとなるだろう。

一方、外野手に関しては、控えとしての起用が予想されていた近藤健介が2番スタメン起用で大当たり。韓国戦で送球ミスが1度あったものの、4試合の通算打率.467で1次ラウンド大勝の立役者となった。こと、1番ヌートバー、2番近藤、3番大谷の上位打線は、3人とも打率が4割を越え、出塁率も5割以上、OPSも1.0オーバーという驚異の数値を叩き出している。打線の起点となる上位3選手のこの爆発力は、決勝ラウンドに向けて楽しみでしかない。

栗山監督の体現する、侍JAPANの現在地

決勝ラウンドではMLBで活躍する米国や中南米のスター軍団が待ち受けるが、今回の侍JAPANメンバーもまた、彼らに引けを取らないドリームチームだ。 これまでのスモールベースボールとは一味違うスケールの大きさは魅力だが、こうした主砲クラスが名を連ねる打線において、各選手はどのような意識で臨むべきなのだろうか。

「パワーのある打者が多いからといって『ここで1発長打をお願いします』という野球では難しい。確かに日本も力勝負ができるチームに近づいてきてるとは思うのですが、相手も簡単に打たせてくれるわけではないですから」
そう井端は語る。
「打撃に関して選手の役割というのは、結局、打順が回ってきたところで、どう仕事するか。全部打つ気持ちで行くのは当然だけど、現実として10割は打てないんで、その中でどう点の取りやすい状況にしていくかを考える。日本は他のチームと違って選球眼がいいですから、それも踏まえてですね、みんなで相手ピッチャーを攻略していくということです」

1次ラウンドでも、日本が選球眼によってチャンスメイクするシーンは多く、村上宗隆も悪いなりに四球でチームに貢献。大谷や牧に会心の1発が飛び出す一方、足のある下位打線から好調の上位につないで得点するパターンも確立され、気付けば大量リードを奪っているような圧勝だった。

試合以外でも選手それぞれの良さは際立っている。キャプテンを置かない侍ジャパンだが、最年長のダルビッシュ有は、かつて日本を頂点に導いたイチローのように若手を牽引。大谷や吉田も若き4番・村上にアドバイスやエールを送る。
「チームを引っ張っていく選手の名前が次々出てくるのはいいですよね。メジャー経験者がどんどんコミュニケーションを取ってくれるのは首脳陣からすれば本当にありがたいと思いますよ」

そして、何と言っても日本中のファンが魅せられたのは、守備に打撃に闘志あふれるプレーでジャパンに勇気を与えたヌートバーの活躍だろう。栗山監督にとって、メジャーで活躍する日系選手を侍ジャパンに選出することは、これからの日本野球のあるべき姿をファンに示す意味でも、重要な課題だった。その意義を、栗山監督はインタビューで次のように語っている。

「野球がもっともっと発展するためには、もっとグローバルな形にしたいと思った。日本代表で出たいという日系選手がいて、日本の今の個々の選手よりも勝ちに貢献してくれるのであれば、一緒になって野球をやる。それがこれからの野球の姿として日本のファンにも必要になると僕は思った。この先、野球がやらなきゃいけないことがいっぱいある中の一つとして、僕の中で、彼らは仲間なんです」

侍ジャパンにとっての最大の使命が3大会ぶりの世界一奪還であることは言うまでもない。だが、一方で、この世界において日本の野球のポジションはどうあるべきなのか、6年ぶりとなるWBCは、私たちに勝敗を超えた新しい景色を見せてくれる大会でもあるのだ。

(つづく)/文・伊勢洋平