Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第60回]
ポジショニング〜世界一のためにそれぞれがすべきこと〜(後編)
Posted 2023.03.31

選手それぞれが役目を果たし、粘り勝った侍ジャパン

今まで野球を観たことのなかった親子が、オープン戦を観に初めて球場に駆けつけた。東京ドームの野球殿堂博物館は、WBCの優勝トロフィーを観にファンが押し寄せ、入場まで7時間待ちという大行列で賑わった。大会の余韻がこれ以上ないものとなったのは、さまざまな試練に打ち克ち、新たな侍ジャパンの姿を見せてくれた選手たちの物語があったからに他ならない。

とくに準決勝のメキシコ戦では、4回に3ランで先制され、5回・6回は満塁のチャンスで得点することができなかった。1点の遠い重苦しい雰囲気に、心のどこかで敗戦を覚悟したファンも少なからずいたのではないだろうか。
「メキシコのポテンシャルは高いと思ったよね。佐々木朗希のスプリットやフォークを二回り目で見極めて、浮いたところをホームランだから。あの対応力は目を見張るものがあったと思います」
そう井端は振り返る。

初めて相手ペースに飲まれそうになった侍ジャパンを救ったのが、WBC歴代最多打点をマークした吉田正尚が7回に放った技ありの3ランだ。それでもメキシコは8回、好調のアロサレーナとベルドゥーゴの1・2番が山本由伸から2本のツーベースで1点、さらに足を絡めて1点を加え、引き離そうとする。だが、日本はその裏、死球で出塁した岡本を7番山田のヒットと8番源田の犠打で送り、代打・山川の犠牲フライで追いすがった。

「あの犠牲フライの1点は大きいですよね。9回を2点差のままで迎えるのと1点差に詰め寄って迎えるのでは、相手ピッチャーへのプレッシャーが違う。あの試合はよく粘って勝ったと思いますよ」
その粘った末の最高のフィナーレが、村上の逆転サヨナラ2点タイムリーだった。

日本の野球はスモールベースボールを脱したのか?

決勝でも侍ジャパンは、セ・リーグを代表する主砲・村上と岡本が本塁打を放ち、アメリカ代表にパワーで対抗した。1次ラウンドとは打って変わって、マイアミでは目の覚めるような中軸の一振り。新しい姿で王座奪還を実現した。

だが、井端はこうも指摘する。
「力勝負はできましたよね。個の力がメジャー相手でも通用するようになってきた。ただ、その中で、やはり接戦のときは機動力も使わないと勝てない。それは相手も同じで、接戦の場面で足を絡められたら日本も嫌だったと思います。決勝はアメリカが1発2本、日本も2本ホームラン出ましたが、あとの1点の差は内野ゴロでの1点ですから」

井端が注目するのは、1-1で迎えた2回ワンアウト満塁。ヌートバーのファーストゴロの間に3塁走者の岡本が生還し、追加点を挙げた際のアメリカのポジショニングだ。

「アメリカの守備はあのとき二遊間だけでなく、ファーストまで下げちゃった。日本だったらファーストはちょっとベースの横というか、捕ったらホーム送球で2アウトにする場面だったんだろうなと。そこがアメリカと日本の野球の違いですよね。あのシフトだと内野ゴロを打てばどんな辺りでもゲッツーにはならなかったと思うので、ヌートバーも『内野ゴロでもいいか』というつもりで打ったかもしれないです」

1点でも欲しい場面で1点取れた日本と、その場面で易々と1点を与えたアメリカ。状況に対する解釈の違いはあれ、これまで日本野球が培ってきた“スモールベースボール”の緻密さが、大一番の勝敗を左右したのは間違いない。

守備職人・井端弘和のポジショニングのベースとは

守備のポジショニングは、ランナーの有無や点差、アウトカウントや打者によってもセオリーが異なるが、守備の名手として中日ドラゴンズの黄金期を支えた井端は、堀越高校時代の恩師・桑原秀範監督のもと「投球に合わせたポジショニング」を教わったという。例えば、右バッターに対して投手の球がカーブやスライダーであれば、引っ掛ける可能性が高いため三遊間を意識したポジションを取る。逆にアウトコースのストレートであればその可能性は低いといった判断だ。

「変化球ならこう、アウトコースならこっちというようなポジショニングは、頭の中に入れながら守ってましたね。それが僕の守備のベースになっているので。ただ、ピッチャーの球が逆球になることだってあるし、そこまでは責任追わないって感じで、あくまでもオーソドックスなイメージです」

ポジショニングは頭の中の作業だ。井端は投球と打球のパターンを覚え、状況に応じた守備を会得していった。
「勉強で言えば歴史の流れを暗記するような感覚で。サインを覚えるのと一緒でノートに書いて覚える感じですね」
同期でドラゴンズに入団したエース・川上憲伸は、井端がサインを確認してからポジションを取ることを知り「これは失投できんな」と思ったという。

WBCにおいても、侍ジャパンの守備はデータ戦も含めて完璧なものだった。準決勝のメキシコ戦では、8回2死2・3塁のピンチで好調パレデスにレフト前にタイムリーを打たれるも、吉田の好返球で2塁ランナーの生還を許さず、9回には源田が“GPSキャッチ”でピンチの芽を摘んだ。とくに右手小指を骨折しながら献身的な役割を果たした源田のプレーはチームの士気を高め、決勝戦での大谷のリリーフ登板をお膳立てした。

さらに、井端は今大会の功労者として、若手投手陣をリードした3人の捕手を挙げる。決勝戦では、アメリカの各打者がフォークやスプリットを意識しているかと思えば、思い切って直球を要求し、相手に「直球が来るのか」と思わせて変化球で空振りを取る。ウラをかいた投球と7人の継投で、メジャー打線を最後まで翻弄した。

2026年に向けて、日本の野球はどう歩むのか

「日本はWBCの歴史でトップの座を固めた」
「すでに日本はアメリカと並ぶ野球の本場だ」
そうした見出しが米国のメディアを賑わせる中、これからの日本の野球はどのようなポジションへ歩んでいくのだろうか。

MLBのコミッショナー、ロブ・マンフレッド氏は次回WBCの開催を2026年3月と明言しており、最後の打者となったマイク・トラウトは「大谷はラウンド1を制した」と、次回WBCでの大谷翔平との再戦を示唆するコメントを残している。

一方で、今回のWBCでは、クレイトン・カーショーやネイサン・イオバルディら、MLBのサイヤング受賞投手が参戦を熱望しながら保険の事情で出場を断念。また、準決勝の組み合わせが1次ラウンド終了後に変更されるといった、大会の盛り上がりに水を差すような問題も残った。それらは栗山監督も記者会見で触れていたが、米国主導の運営やメジャー球団との保険問題に対しては、優勝国の日本が率先して改善を訴えていいはずだ。 また、大谷が優勝後のインタビューで韓国・台湾・中国での野球の広がりを願っていたように、野球が世界のスポーツとして発展するには、アジアの底上げも大事な課題だろう。

今大会、大逆転の主役を演じた日本の三冠王・村上は、球団が3年後のメジャー移籍を容認していることから、2025年オフのポスティングでMLB入りする可能性も高い。投手陣も山本や佐々木のほか、今永や大勢、髙橋宏斗らをマークし始めているメジャーのスカウトも多いという。2年後、3年後、彼らはどのような進化を遂げているだろうか。

「そのうちメジャーリーグもアメリカ人や中南米の選手より日本人選手が多くなるとか、日本の方がメジャーになって、みんなアメリカより日本のプロ野球に来たがるとか、そういう日が来るんじゃないか」

そんな井端の冗談交じりの想像が現実になる日も、実はそう遠くないのかもしれない。

(了)/文・伊勢洋平

参考文献
『井端弘和の遊撃手「超」専門講座』井端弘和/著(ベースボール・マガジン社)