Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第61回]
勝負へのこだわり(前編)
Posted 2023.04.21

「彼がアウトになるなら仕方がない」それが主軸という存在

「バントの可能性もあったとか言われているけど、僕が思うに、バントなんて本人も監督も、1ミリもなかったと思いますよ」
そう井端が語るのは、WBC準決勝のメキシコ戦、侍ジャパンが4-5の1点ビハインドで迎えた9回裏ノーアウト1塁・2塁、不調だった村上宗隆に打席が回ってきた、あの場面だ。

3番大谷が気迫のツーベースを放つと、続く吉田正尚が四球を選んで出塁し、ウイニングランナーとして代走の周東佑京が登場。まさに舞台が整った中、村上はフェンス直撃の逆転サヨナラ打で侍ジャパンに劇的勝利をもたらした。村上は試合後の会見で「バントもよぎった」と語ったが、栗山英樹監督は終始「あれだけのバッターなのだから絶対に打つ」という強い信念を持ち「最後はお前で勝つんだ」と言い続けた。

東京五輪で侍ジャパンのコーチを務めた井端にとっても、村上が侍ジャパンの主砲として最後までスタメンを全うすることになんら疑いはない。
「あれが村上選手でなければ代打の可能性もあったかもしれないけど、彼がアウトになるなら仕方ないというくらいの選手ですから」

村上宗隆を信じ続けた栗山監督とその原体験

栗山監督は、現役最後のシーズンに故・野村克也監督のもとでプレーした。そのとき野村さんが口にしたこんな言葉を、自身が日本ハムファイターズの監督を務めることになって以来、意識しているという。
「エースと4番だけは出会いなんだ」
いいピッチャー、いいバッターは育てることができる。だが、誰もが認める投打の柱となるような選手は、そうはいかない。チームメイトもファンも「彼が打てないで負けたら納得するしかない」と思わせるバッターは、生まれ持った才能を絶えず磨き上げた、選ばれし存在だからだ。

日本ハムファイターズ監督時代の2016年6月、栗山監督は4番の中田翔をスタメンから外したことがある。中田は打率.176と不振に喘ぎ、首位ソフトバンクホークスからは11.5ゲームも離されていた。中田のメンタルを気にかけた栗山監督の苦渋の決断だ。その後、中田は戦列に復帰するも、8月の西武ライオンズ戦では延長11回裏、ワンアウト1・2塁のサヨナラの場面で見逃しの三振。自身に対する怒りから、試合終了を待たずに球場を後にしてしまった。そうした出来事を受け、栗山監督は中田を監督室へ呼び、その心の内を聞いた。中田の口から発せられたのは4番の重責を背負いながら戦い続ける苦悩や葛藤だった。本心に触れた栗山監督は改めて自身の思いを中田に伝えた。

「俺はお前を信頼している。お前で勝負してダメなら納得できる」

その年、中田は2度目の打点王に輝き、日本ハムファイターズは日本一の栄冠を手にすることとなる。栗山監督がWBCで、侍ジャパンの若き主砲・村上を使い続けた“こだわり”は、そうした過去からも見てとれる(※)。

徹底したこだわりがチームや選手の自信と強さを生む

「こだわり」は、本来、些細なことを気にしたり、必要以上に気持ちがとらわれるといったネガティブな意味でも用いられる言葉だが、現在では「特別な思い入れ」や「物事に妥協せず、とことん追求する」といった肯定的な用法で使うことが多くなった。野球においても「勝ちにこだわる」「こだわりのグラブ」のように、妥協なき追求に重きを置いた意味合いで用いられることが多い。

高校野球でも「こだわり」は、しばしばチームや選手個々の磨いてきたストロングポイントとして発揮される。例えば、昨年、選抜の21世紀枠で出場した兵庫県立東播磨高校は、甲子園初勝利こそならなかったが、準優勝の大分・明豊高校を延長11回まで追い詰めた。明豊を苦しめたのは、執拗なまでに足を絡めた攻撃だった。

とくにその本領が発揮されたのは、ワンアウトで3塁に走者を置いた場面だ。ヒットエンドランでもなければ、ギャンブルスタートでもない。3塁ランナーは相手ピッチャーの投げた球がバットに当たる範囲だと判断した瞬間に本塁へ突っ込み、打者はボールを叩きつけるバッティングで転がす。投球を外すこともできなければ、前進守備を敷いても本塁で刺すことは難しく、成す術なく1点を献上してしまうのだ。

東播磨を率いたのは、2008年の夏の大会で加古川北高校を8強に導いた福村順一監督。その時もまた、隙のない走塁で攻め続ける攻撃野球で「加古北旋風」を巻き起こした。「走・攻・守」あるいは「静と動」が共存し、ひとつの局面ごとにさまざまな展開が潜む野球は、ある意味「こだわり」に満ちたスポーツだ。
「一つのことをやりぬき、どこにも負けないものを身に付けることが自信につながっていく」
福村監督は雑誌のインタビューでそう語っている。

盗塁阻止率100%を狙う、スローイングへのこだわり

また、今年の春の選抜では、準優勝校・報徳学園の強肩捕手、堀柊那の活躍が注目された。セカンドへのスローイング速度は最速1.78秒。ソフトバンクホークスの甲斐拓也を参考に左足を半歩前へ出した構えから、きれいな3ステップを踏み、回転の効いた軌道の低い送球を矢のように放つ。初戦では、かつて果敢な走塁で相手を圧倒する「機動破壊」で甲子園に革命を起こした群馬・健大高崎の盗塁をゼロ封。接戦となった準決勝の大阪桐蔭戦でも8回1死1塁からの相手の盗塁を、その見事な所作で完璧に阻止し、甲子園をどよめかせた。

肩の強さを買われて報徳学園に入学し、今や各球団のスカウトから「ドラフト上位候補」と目されるようになった堀だが、入学当初はスローイングの精度に欠き、なかなか自信が持てなかったという。そのスローイングを今や盗塁阻止率100%の目標を掲げるほどの絶対的な武器とするようになったのは、構え・捕球位置・ステップ・握り変え・ボールの回転など、ひとつひとつの動作を自らストイックに追求し、試行錯誤を重ねたためだろう。人から言われるままではなく、自分の頭で考えながら課題を乗り越えた分、その自信は揺るぎないものとなる。

主将としても報徳学園を牽引する堀は、高校通算13本塁打。春の選抜では打率4割、出塁率にもこだわりを見せており、捕手ながら50m走6.1秒、二盗で3.4秒台という俊足の持ち主でもある。その走・攻におけるポテンシャルも、今後、さらなるこだわりによって研ぎ覚まされていくに違いない。

さまざまなアクションが数値化・可視化できるようになった現代。ひとつのことでも、こだわりを持って取り組んだ練習は、決して裏切らない。

(つづく)/文・伊勢洋平

※ 『栗山ノート』栗山英樹/著(光文社)より