Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第62回]
勝負へのこだわり(後編)
Posted 2023.05.05

「こだわり」は、決して自分のものではない

守備へのこだわりといえば、中日ドラゴンズの黄金時代、荒木雅博とともに“鉄壁の二遊間”を築いた井端弘和のプレーを思い起こすファンもいるのではないだろうか。その守備率は.991。無理のない送球を想定しての深めのポジショニングや、グラブを下に出した構えからボールを迎え入れるような打球へのアプローチ、そして捕球と左足の着地を同時に行い、ワンステップで軸足から重心を移動させて行うスローイング。無駄のない一連の動作は、野球少年はもとよりプロの内野手からも至高の教科書とされている。

だが、井端は自身の守備へのこだわりについて「スタイルにこだわっているわけではない」という。
「だって、そうでしょう。(守備は)打球があっての話だから。合う合わないがあるし、合わなくても捕らないといけない。いくら形にこだわったって、それで捕れるわけじゃない。まあ、ミスをしないことですよね。どんな形であれ、最終的に『エラーをしない形で捕る』っていうだけで、その形が良いか悪いかっていうのは自己流だからね。『こう補った方がエラーしにくい』というように理論立ててやってきた、というだけで。むしろ合わない打球の時にどうするかということを大事にしてましたね」

打撃に関しても同様、1〜2番を打つことの多かった井端は「クリーンナップにいい形でつなぐこと」にこだわった。
「それだけいいクリーンナップが控えている打線で野球ができたから、余計にそういう気持ちになれたのかなと思います」
井端の代名詞とも言える右打ちやファウル打ちの技術、選球眼や投手との駆け引きは、プロ入り後もますます磨かれていった。

スタイルを作らない、プロの仕事とは

そうした井端のこだわりに対する考え方は、野球以外の職業にも通じるものがある。「おいしい牛乳」やウイスキーの「ピュアモルト」など、装飾を徹底して省いた外装デザインや、すっきりと抑制の効いたロゴデザインを大量生産のプロダクトに取り入れ、一時代を築いたグラフィックデザイナー佐藤卓は、自身のデザインの考え方をこう語っている。
「僕は、自分のスタイルというものをつくりません。なぜかというと、デザインは“つなぐ仕事”であって、毎回つなぐべき対象も違えば、方法も違うので、同じことは二度としないという考え方なんです。デザインをすることが目的ではなくて、あくまでもデザインというスキルを使ってメーカーや企業のお手伝いをするのが僕の仕事」(※1)

単にトレンドに乗ったデザインや、個性的なデザインで訴求するのではない。製造現場に赴いて話を聞くことはもちろん、商品がどのように売り場の棚に並び、どのような客にどう手に取ってもらえるか、商品のひとつひとつと向き合い、その商品の10年後、20年後の姿を見据える。そのために、ロゴの書体も自らオリジナルで造形し、わずか0.1mmの幅や配置にこだわるという。その結果が、時代を経ても古さを感じさせないデザイン、多くの人が当たり前のように手にする普遍的なデザインにつながっている。

いいプレーをして満足するのではなく、どんなプレーであれ、アウトを取ること。どんな形であれ出塁して先の塁を狙い、相手より1点でも多く得点して勝つことこそがプロであり、一流と呼ばれる選手たちには、それぞれに勝つためのこだわりがある。俗にいう「自分らしいプレー」にこだわっているうちは、まだまだ一流とは呼べないのかもしれない。

「1」という数字に、勝負の分かれ目は宿っている

昨年のサッカーワールドカップでは「三笘の1mm」、先のワールドベースボールクラシックでは「源田の1mm」といった、勝負を分かつ際どいプレーが話題となったが、井端もまた野球人生において「1」という数字を大切にしてきた。

「第1球目とか1歩目とか、一瞬の迷いや判断であったりね。僕の中では、野球は0.1秒、1mmで勝負が分かれると思っているので。だいたいそんなもんなんですよ、野球って。源田選手のプレーを言うなら、(決勝のアメリカ戦の7回)大勢がトラウトに投げた初球だってグリップエンドに当たってるわけですから。あれが1mmずれてデッドボールの判定だったらノーアウト満塁の大ピンチですからね」

2013年WBCでの台湾戦、2対3でリードを許し、9回2死と追い込まれた場面。井端のバットから起死回生の同点タイムリーが生まれたのもまさに紙一重のプレーだった。一塁ランナーの鳥谷敬は、打率5割を超える絶好調の井端にワンヒットを託し、ノーサインで決死の盗塁を敢行。その想定していなかった一瞬の出来事に反応した井端は、まさに0.1秒のところでスイングを止めた。

「なんという井端!」の名実況が飛び出した2008年クライマックスシリーズでの伝説の6-6-3も、井端の守備哲学が凝縮されたプレーと言えるだろう。3対3の同点で8回ワンアウト満塁。1点も与えられない前進守備の場面で、相手打者・高橋由伸の打球は通常ならセンターラインを抜ける当たり。それを瞬時のバックステップで捕球した井端は、体勢を崩しながらもホームに背を向け自ら二塁ベースを踏むと、くるりと体を右回転させて送球。誰も見たことのないようなダブルプレーを成立させた。

「二遊間の打球に対してギリギリ追いついたのであれば、生真面目にいちいち体勢を立て直して投げるのではなく、そこからクルッと回転してから一塁へ送球するのも1つの手。ショートを守っているのであれば、そのような練習をしておく必要があります。(中略)肩さえ入っていればボールは真っすぐに行く、くらいの意識で投げてもいい」(※2)

これは中学生からスローイングについて質問を受けたときのアドバイスだが、井端の言う「合わない打球のときにどうするか」の答えはそうした言葉にも垣間見られる。綺麗なプレーやホーム送球のセオリーにこだわっていたなら、あのような一瞬の反応や判断はできないだろう。

U-12代表の子どもたちに、バントは必要はない

昨年に続き、侍ジャパンU-12の監督を務める井端は、今後「全日本合同トライアウト デジタルチャレンジ」のセレクションを行い、7月28日から台湾で開催される「第7回 WBSC U-12 ワールドカップ」へ向けて始動する。

「昨年の経験から、世界のU-12のレベルがどのくらいかは分かりましたが、まだトライアウトでどんな子どもたちが集まるか分からないし、練習期間も短いので、なかなか難しい部分はありますよね。誰が暑さに弱いのかも行ってみないと分からない」と井端は言う。アメリカや韓国、チャイニーズ・タイペイなどは全土から招集した選抜チームで、1ヶ月近く練習するチームもある。対して日本はトライアウトで募集のあった中からの限られたチーム編成。練習期間もわずか3、4日という短期間で戦略を組み立てていかなくてはならない。

だが、そうした不利な状況の中でも、井端にはU-12に対してひとつのこだわりがある。それは「力勝負を避けないこと。盗塁は仕掛けるが、バントはしないこと」だ。
「今の時点で体が小さくても、これから体が大きくなる可能性が大いにある子どもたちですから、今から決めつけることは良くありません。目指すならホームランバッターであったり、豪速球投手であったりして欲しいのです」
世界のレベルを全力で感じながら、諦めずに優勝をめざしていく。それが無限の可能性を持つU-12世代に必要なことだと井端は考えている(※3)。

WBCで日本代表を率いた栗山監督は、勝ちにこだわる以上に、今の侍ジャパンのあるべき勝ち方、すなわち“物語”にこだわり、未来へのレガシーを残した。その姿を見て応募してきたU-12の子どもたちは、未来に向かってどんな物語を見せてくれるだろうか。

(了)/文・伊勢洋平

※1 『ウィークリーAERA「現代の肖像」』2018年10月29日号(朝日新聞社)より
※2 『週刊ベースボールONLINE「ベースボールゼミナール」』2022年5月15日(ベースボール・マガジン社)より
※3 侍ジャパンオフィシャルサイト「U-12代表・井端弘和監督インタビュー」より