Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第63回]
野球の未来〜効率化の進む中、残すべきもの〜(前編)
Posted 2023.05.26

説得力があるのは、記者かAIか?

「現時点で今年のアメリカンリーグのMVP候補を挙げるなら誰か?」
そうした問いに対し、彼は「レースはシーズンを通して変化する可能性がある」と前置きした上で、次の5人を挙げた。
「大谷翔平、アーロン・ジャッジ、ゲレーロ・ジュニア、マット・オルソン、バイロン・バクストン」

前の3人は言わずもがな。一昨年と昨年のMVP受賞選手に一昨年の本塁打王だ。そこにバクストンの名を連ねるのはユニークな予想かもしれない。2013年から3年連続でプロスペクト(有望株)ランキングの1位に選ばれ、マイク・トラウト以来の逸材とも呼ばれたバクストンは、怪我で戦列を離脱することが多く、その大きな期待に応えられないでいる。だが、今シーズンのミネソタ・ツインズはバクストンをDHで起用する方針を固めているという。シーズン通してバクストンが活躍すれば、チームも中地区首位をキープできるだろうし、彼の言うようにバクストンがMVPに推される可能性もなくはない。

実は、このMVP候補を挙げた「彼」とは、米国OpenAI社の開発した話題の人工知能「ChatGPT」のことである。ChatGPTは、膨大なデータやユーザーのフィードバックから知識を学習しているとされるが、とくに無料版では2021年以降の知識はまだ限定的だという。このア・リーグMVP候補5人のセレクトに感じる違和感も、おそらく情報の古さによるものかと思われる。

ちなみに開幕直後、MLB公式サイトが選んだ(つまり人間が導き出した)ア・リーグMVP候補5名は、過去3度MVPを受賞しているマイク・トラウト、2年連続プラチナグラブ賞の三塁手マット・チャップマン、メキシコ代表として侍ジャパンを苦しめた今季絶好調のランディ・アロサレーナ、アロサレーナとともにレイズの快進撃を牽引するワンダー・フランコ、そして2度目の受賞が期待される大谷翔平である。

二者を冷静に比較すると、今のところ説得力があるのは我ら人間の方に思えるが、ChatGPTの回答も見方によっては決して「つまらない」ものではないだろう。ChatGPTは最新情報に対応するプラグインも開発されており、今後、こうした予想に関する精度も、高まっていくに違いない。

今シーズンは日本の12球団が「ホークアイ」を導入

近年、野球界ではAIの導入・活用が盛んに行われている。MLBでは2015年から全30球団を対象に「スタットキャスト」が導入された。スタットキャストは、球場に設置したレーダー式弾道追尾システム「トラックマン」と高精細カメラによる画像解析システム「トラキャブ」を用いたデータ解析ツール。トラックマンは球速だけでなく、回転数やボールの変化量、あるいは打球速度や打球の角度、飛距離の計測を実現し、中継ではバッターの打った打球の軌道や飛距離などがビジュアル化されるようになった。つまりボールの「伸び」や「キレ」といった感覚が視覚化できるようになったのだ。また、トラキャブは、ランナーの走力を数値化したり、野手が打球に到達するまでの距離や、送球の速度など、これまで数値化が困難だった守備データの計測・解析を実現した。

スタットキャストの導入による最も大きな出来事は、新たな打撃理論「フライボール革命」が生まれたことだろう。スタットキャストがバッターのスイングを分析したところ、最もホームランの確率が高いのは「158km/h以上の打球速度と、30度前後の打球角度」といった分析結果が算出され、打球角度を重視しアッパースイングを試みる打者が急増。フライボール革命を取り入れたアストロズが初のワールドシリーズ制覇を成し遂げたり、アッパースイングを交わすためカーブを重要視する投手が増えたりと、AIテクノロジーは野球の戦術にも多大な影響を与えるようになった。

さらにMLBでは2020年からトラッキングシステムを「ホークアイ」に移行。ホークアイはもともとテニスで取り入れられていた「イン・アウト」の判定補助装置で、多数のハイスピードカメラがボール位置をリアルタイムで追いかけ、映像に変換するものだ。ホークアイはトラックマンよりも高い精度のデータが得られ、また、選手の骨格座標や関節の動きまで取得できるようになっている。日本のプロ野球界でも、いち早く神宮球場に取り入れたヤクルト・スワローズが優勝すると、他球団も次々と導入。今シーズンは12球団全てでホークアイが用いられるようになり、専門の情報処理班も採用されるようになった。

AI技術はトレーニングや怪我の防止にも役立つ

そうした高精度の分析は野球を観る側にとっても新たな楽しみを提供してくれる。 例えば日本テレビ系列の野球中継では、回転数や回転軸の表示のほか、相手打者を抑えるためのベストな配給をAIが予測する「AIキャッチャー」や、投手交代、盗塁などの確率を過去データから導き出してリアルタイム表示する「AI作戦確率」といった試みも実施されている。また、MLBでは守備のファインプレーに対して「フィールディング・メトリクス」が表示され、そのプレーがいかにすごいか、捕球確率や5つ星評価など視聴者にわかりやすく伝えている。

昨今では、戦術面のみならず、トレーニングや能力強化にもAIは活用されている。これまでアスリートの身体情報を取得・分析するには、身体にセンサーを装着してのモーションキャプチャーが一般的だったが、東京大学松尾豊研究室のスタートアップ企業であるACESは、最先端のディープラーニングを応用したアプリケーション「Deep Nine」を開発し、カメラ撮影や映像からの身体情報の取得に成功。パフォーマンスの良いときと悪いときの動作の違いを分析し、分析結果を練習やコーチングに活かせるという。さらに、故障した選手の怪我をする前後の動作を分析することによって、再発予防や効果的なリハビリにつなげることも可能だ。

また、社会人野球のコーチやU-12代表監督を務める井端弘和が「AIの影響を感じる」というのは、審判のストライクゾーンの変化だという。
「3月のWBCを見ていても、メジャーの審判のストライクゾーンは日本に比べて横が狭くなったなと。その分、昔に比べて高さを取るようになった。日本のバッターが高めを見逃して、アッという顔をしてましたが、あのストライクゾーンはAIの影響じゃないかと思うんですよ。メジャーでは審判の判定が何パーセント正しいかAIを使って1試合終えるごとに検証しているようですから、審判の方がAIに合わせてきているんでしょう」

古くから球審の技術向上のための投球解析システムを取り入れてきた米国では、測定器との一致率が90パーセント以下の球審はプレーオフでコールできないといわれる。ボストン大学が2008年から2018年までの11シーズン、約400万球のデータを用いて球審の誤審率を算出したところ、2008年に16.36パーセントだった誤審率は、2018年、9.21パーセントまで下がっていたという。2019年にはNPBでも、トラックマンのデータを活用し、球審の判定の精度向上を目指していくことが発表されている。

だが一方で、井端は次のようにも指摘する。
「たしかに選手の能力を上げたり、トレーニングにAIを活用するというのはいいと思うんです。例えば、いいときのスイングを固定していくという作業は非常に大事なので、そのための指針にするような。でも、いざ試合でそれが再現できるかというと、そうではない面もあるんですよね。僕は野球の試合や勝負において、数字が全てではないと思うんですよ」

(つづく)/文・伊勢洋平

参考
GIgazine 2019年04月23日記事「メジャーリーグ11シーズン・400万球分の投球データを分析して審判がどれだけ正しくジャッジできているのかを分析した結果」より