Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第67回]
初球を振りに行ける勇気(前編)
Posted 2023.08.04
©日刊スポーツ/アフロ

初回の初球から狙っていく恐怖の1番打者

「チャンスは初球からいく。それが甲子園戦法」
高校野球の監督として歴代最多の甲子園68勝、春1回、夏2回の全国制覇を果たした高嶋仁・智弁和歌山名誉監督は、甲子園における初球の重要性をそう口にする。高校野球は、春季・秋季・夏の選手権と、公式戦のすべてがトーナメント。強豪校の監督ほど初球を重視し、また初球から振っていけるバッターを好む傾向にある。

105回目となる夏の全国高校野球選手権も、いよいよ全国から49校の代表が出そろった。地方大会は例年以上の熱戦が繰り広げられ、智弁和歌山や大阪桐蔭といった常連校が敗退。春の選抜で優勝した山梨学院や準優勝校・報徳学園も姿を消した。だが「波乱の夏」を順当に勝ち切り、奈良大会を大会タイ記録の12本塁打、51得点という強力打線で圧倒したのが智弁学園だ。

準決勝では投手と遊撃手の二刀流・中山優月が先頭打者ホームランを放ち、決勝の高田商業戦でも、1番バッター松本大輝が初球のスローカーブを振り抜いた打球は、瞬く間にライトスタンドへ。とくに主軸を担う松本は、春の近畿大会の大阪桐蔭戦でも試合開始のサイレンが鳴り止まぬうちにフェンス直撃のスリーベース、第2打席目も変わった投手の初球を捉えて本塁打とするなど、迷いのないフルスイングでインパクトを残している。

松本の2学年上の先輩には、高校通算37本塁打を記録し、現在、阪神タイガースで活躍する前川右京がいる。松本が1年生の頃、練習を共にした前川から授かったのが「初球から自分のスイングができるように」というアドバイスだったという。小坂将商監督が「前川とよく似ている」と評する松本の積極果敢な打席は、今夏の甲子園でも注目の的だ。

一発勝負の高校野球では、初球に対する重みが違う

「初球に対する考え方というのは、高校野球とプロ野球とでは違いますよね。プロは140試合以上やる上での初球だから、相手投手から『初球から来るぞ』と思われるバッターもいれば、初球は見てくるバッターもいる」
自身も堀越高校時代に春夏と甲子園出場のある井端弘和は、そう語る。

「プロ野球の場合は、1番〜9番の中で1人、2人じっくり見ていく選手がいる方が打線になったときにいいとかなと思うんです」
中日ドラゴンズ時代の井端は、どちらかというと初球を待つタイプだと思われていた。1番の荒木雅博は、まさに初球から好球必打の思い切りのいいバッター。「次の打順に井端さんがいるので思い切っていける」と、現役時代の荒木はつねづね語っていたが、井端も「そのタイプの違う好対照の打順が良かった」と言う。

「相手は『井端は初球は打ってこないよ』と思ってますから、逆に荒木が粘ってくれたときなんかは、じゃあ初球から攻めようか、と。荒木と反対のタイプだったことで、いろいろバリエーションが増えたなと思います。チャンスのときなど、初球から行くときは行きますし、ランナーがいなくても『どこで初球打ちを使おうか』と考えながらやってましたね」

だが、一方、高校野球は同じ相手とそう何度も対戦するわけではないし、プロのように駆け引きに長けているわけでもない。仮に技術の高い選手がカット打法で粘って四球を選ぼうものなら、高校野球の特別規則ではバントとみなされアウトになることもある。井端は言う。
「甲子園はプロ野球と違って、知らないピッチャーばかりと対戦するわけだし、やはり一発勝負ですからね。いま、仮に高校野球に出ろと言われたら、僕も初球から振っていくでしょう。知らない相手に対して見ていったら、あっという間に3打席4打席終わってしまいますから。甲子園では1打席も無駄にはしたくない」

試合の流れを一気に変える、初球打ちの効果

ファーストストライクを打つことがセオリーとされるのには、ほかにも理由がある。「状況にもよりますけど、ピッチャーとすれば、3球投げたら追い込んでるというのが理想だと思うんですよね。逆にバッターはツーボールになったら『おっ、有利になったな』と思う。ワンボール・ツーストライクなのか、ツーボール・ワンストライクなのかで精神的な有利・不利がガラッと変わりますよね」と井端は言う。

ピッチャーは初球、2球目、3球目と投球を広げていき、カウントが有利になれば決め球の変化球やアウトローの厳しいコースをどんどん突いてくる。逆にいえば、初球から際どいコースを狙ってくるようなことは少ない。
「確率的な問題ではありますが、初球ストライクを取りたい相手に対して初球から打ちにいくのは、やはり大事だと思います」

さらに、野球では先制点を取ったチームの勝率が顕著に高く、プロ野球でおよそ70%、高校野球の全国大会では80%以上の勝率に達するという(※)。
「1打順目を見ていこうなんて思っていたら、相手投手を乗せていってしまうこともあるし、先制したければ打ちにいった方がいい。初球で打てなくても振っていったほうが合わせやすくなりますしね。まあ、自分は高校の頃も1打席目で全球見れたらありがたいのに、とは思ってましたけど、打ってしまえばこっちの方が断然気分が良くなるわけで」

そうしたチームの士気を高めたり、流れを引き寄せるといった点からも、智弁学園の1番打者のように、初回の初球から「相手の出鼻をくじく」スイングは極めて有効といえるだろう。リードを許していても、攻守の切り替わった直後やチャンステーマの鳴り響く場面で初球打ちが決まると、スタンドの空気も一気に変わり、俄然、押せ押せムードに包まれるのが甲子園だ。

とくに猛暑の最中行われる今大会では、5回終了時から10分間、選手たちが水分補給や身体を冷却するためのクーリングタイムが導入される。地方大会では、クーリングタイムを機に守備の集中力を失う選手もいれば、逆に考えを整理して初球打ちに成功する選手もいるなど、10分間の中断が試合の流れに大きく影響するシーンも見られた。こうした「間」をいかに自身の再準備に充てられるかも、今夏の甲子園の見どころになりそうだ。

(つづく)/文・伊勢洋平

※ 『第92回全国高等学校野球選手権大会における先制点の考察』雜賀亮一/著(太成学院大学紀要)より