Center line 〜センターライン〜
元読売巨人軍・井端弘和氏が、野球にまつわる様々なテーマを、独自の目線で深く語るYouTubeチャンネル『イバTV』を配信中! コラム 〜センターライン〜 では『イバTV』の未公開部分を深堀りし、テーマに沿ってお届けします。
[連載 第68回]
初球を振りに行ける勇気(後編)
Posted 2023.08.18
©CTK Photo/アフロ

ワンストライク先行されるだけで、打率はグッと下がる

セイバーメトリクスを重視するメジャーリーグでは、初球ストライク率の高さが制球力のバロメーターであり、好投手の条件とされる。

かつて読売ジャイアンツで活躍したマイルズ・マイコラスは、メジャー復帰1年目の2018年に18勝を挙げ、ナ・リーグの最多勝を獲得した。その年の初球ストライク率は実に70.8%。2018年のMLB打者のカウント0-0における打率は.340、長打率は.577に上るが、ノーボール・ワンストライクとなると打率.218、長打率.350まで低下したという。こうした数字を見ると、初球ストライクが取れる投手ほど優位にゲームを運べることは明らかだ(※1)。元来、負けん気の強さから制球を乱すことの多かったマイコラスだが、来日を機に初心に帰り、「技術面ではなく、とにかく初球ストライクを取ることに集中した」という。それが「大化け」につながった。

ピッチャーは2ストライクに追い込めることができれば、当然、自信のある「決め球」で勝負に来る。だからこそ、打者はその前に「好球必打」で振っていく。先のWBCで侍ジャパン優勝の立役者となった近藤健介(福岡ソフトバンクホークス)は、2017年〜2019年の初球打率が両リーグ1位の.500に達する。中日ドラゴンズのビシエドやジャイアンツの丸佳浩ら、やはりバットコントロールに秀でた好打者は4割3分以上だ(※2)。

となると、ここぞの場面で甘く入ったファーストストライクを見逃してしまったとしたら、やはり打者としては「しまった」と動揺してしまうものだろうか。それ以降、再び打ちやすい球が来るとは限らないし、追い込まれれば高めのつり球や外へ逃げるボール球につい手を出しがちだ。だが、井端の場合「それはなかった」という。
「高校時代は、練習試合なんかでも、あえて『追い込まれるまで打つな』という設定を課されて試合させられたりして、実際、それで勝ったりしていたんでね。追い込まれたら嫌だという感覚はあまりなかったです」

初球を振りに行く勇気も、土壇場で動じない度胸も、練習の賜物

井端の在学時、堀越高校を甲子園に導いた桑原秀範監督は、とにかく厳しい状況を想定したさまざまな練習を選手たちに課していた。そのうちの一つがツーストライクワンボールから打席に立つ練習だ。

「何球か見るわけではなく、いきなり打席に立ったらツーストライク。実際、1球勝負みたいなものですよね。その状況で何とかして打て、という練習はけっこうやらされてたんですよ」
際どい球はカットし、打てるボールを絞って待つ。「追い込まれてからが勝負」という井端の土壇場力の礎は、そうした高校時代の練習にも垣間見られる。

初球から振っていける選手も、同じように練習の賜物だと井端は言う。
「高校生だけでなく、小学生・中学生もそうですけど、いいバッターになるなら何が正解かと言えば、打てると思ったボールは積極的に打っていくということだと思いますよね。待つのっていくらでも待てますし、待ってばかりいると、いざ『初球行け』と言われてもなかなか振りに行けない人になってしまう。いろいろな方法があると思いますが、練習や準備が大切ということでしょう」

今秋のドラフト候補でもある立命館大の桃谷惟吹は、積極的なバッティングと優れたバットコントロールで注目されているが、1球で捉えることを強く意識したのは、履正社時代、甲子園での敗戦がきっかけだったという。

高校3年の春の選抜で奥川恭伸(現・東京ヤクルトスワローズ)擁する星稜高校に完封負けを喫した桃谷は、レベルの高い投手ほど「有利なカウントに追い込まれると厳しい」と痛感。以来、どのコースから球が来ても同じところへ打てるよう、投手やバッティングマシンの前のネットに向かって全球狙って打つ練習をするようになった。このミート力を高める練習を重ねた桃谷は、「どのように当たるとどう飛んでいくか」がわかるようになり、1球で捉える能力が身についたという。現在の桃谷の打撃フォームも、それを機に全て自身で考え、進化させたものだ(※3)。

野球人生の中でも、最も濃かったのは高校の3年間

初球を振りに行ける勇気や、追い込まれてもプレッシャーに打ち克つ勝負強さ、一つひとつのプレーに対する考える力、そして互いの力を引き出すチームプレー。3年間、野球を通じて球児たちが得るものは計り知れない。たとえ夏の地方大会の初戦で敗退したとしても、卒業後に野球以外の道を歩んだとしても、その経験は、生涯、色あせることはないだろう。

「高校野球って、僕もそうでしたが、みんなで目標に向かって3年間やるっていうのが一番の良さだと思うんですよ。上級生が抜けたり新入生が入ってくることはあるけれど、同級生は変わらない。その変わらないメンバーで一つの目標に向かっていくというのは、このときしかできない経験だし、今後の財産でしかない。甲子園に出場している選手には、とにかくそれを満喫してほしいと言いたいですね」

野球人生の中でも高校の3年間が一番濃かった。プロ野球界で数々の名勝負を繰り広げ、現在も指導者として育成手腕を発揮する井端は、そう振り返る。

「高校を出て、その後、大学でも野球をやったけど、高校とはちょっと違うなっていう感じなんですよ。大学で優勝しても。大学やプロでは負けても取り返せる。でも、高校野球は負けられない。同じメンバーでこの負けられないという戦いをして、高校3年間終えたっていうところがね。まあ、悔いがないように、といっても結果があるわけだから、あのとき何で振れなかったんだ、何で捕れなかったんだという後悔は必ず出てくるものなんです。けど、それも踏まえて、次に生かしてくれればいいですよね」

泣いても笑っても、勝者はたった1校。球児たちの夏は、いよいよ大詰めを迎える。

(了)/文・伊勢洋平

※1 Full-Count 2019年3月5日記事「元Gマイコラスが誇る驚異の数字」より
※2 『プロ野球 令和の最新データで読み解く「この選手がすごい!」ランキング』カネシゲタカシ・鳥越規央/著(辰巳出版)より
※3 『4years.「特集・2023年 大学球界のドラフト候補たち」』(朝日新聞社)より